2018年7月19日 (木)

無為庵菜園の夏野菜

7月19日 ナス1、オクラ4、トマト大玉1、ミニトマト多数
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7月17日 茗荷、ナス1、オクラ7、トマト大玉1、中玉5、ミニ多数、バジル
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7月15日 茗荷、ナス、オクラ、トマト中玉5、ミニ多数
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7月14日 茗荷、オクラ4、大玉2、中玉3、ミニ多数
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7月13日 トマト大玉もう少し赤くなるのを待とう
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中玉とイエローミニが同じ房に生ってるように見える
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暑い日が続きオクラもかなり大きくなった。本格的な収穫が期待できそうだ。
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7月12日 ピーマン3長さ約15cm、オクラ5、トマト大玉3、中玉5、ミニ多数
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2018年7月10日 (火)

無為庵夏野菜収穫

7月10日
三日間神戸旅行に行っている間に菜園の収穫はされていないようだ。朝起床し歯磨き顔洗い後すぐに菜園へ行き収穫作業をした。いつもの籠はひとつでは足りない感じで3つ用意した。
茗荷は東と南にうえているが、東側で花をつけていたが、南は未だだ。トマトの中玉が美味しそうだ。
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7月7日 左ミニトマトの赤は皮が薄くて生で食べると美味しい。
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7月5日 インゲンはこれで最後
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7月3日
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7月1日
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6月29日
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6月24日
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6月19日
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6月17日
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6月13日
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2018年6月11日 (月)

無為庵菜園の夏野菜

4月15日 夏野菜植付予定地に石灰をまき、バジル、パセリ、マリーゴールドの種蒔き
4月16日 実生紫蘇の一部をプランターに移植して防虫ネットを張った。
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4月20日 夏野菜予定地に牛糞、リン、化成肥料を入れマルチシートを張った。オクラの種蒔
4月24日 近くのホームセンターでトマト、ナス、ピーマンの苗を購入、早速植え付けた。
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トマト植付
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ピーマン メガピーマン 接木 2本
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ナス みなこ接木 1本
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ナス 極 接木 1本
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トマト大玉 ジャンボスィート 1本
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トマト中玉 スィートトマト 1本
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ミニトマト フルーツイエローEX デルモンテ 1本
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ミニトマト ハニーイエロー サントリー 1本
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ミニトマト βカロテントマト カゴメ 1本
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ミニトマト GABAリッチトマト カゴメ 3本
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ミニトマト 甘くとろけるミニトマト 4本
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以上トマトは合計12本
トマトの支柱立て
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オクラは種蒔きから100%発芽した
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インゲンの種はまだ沢山あると思い込んでいたが、3個しかなかった。今年はプランターで
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トマトは脇芽をしっかり摘んで、水遣りは一切なし。天の恵みだけで育っている。植付間隔をもう少し広くしたほうが良かったかもしれない。ちょっと窮屈そうだ。
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それでもしっかり育っている。
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よくよく見ると第一房に赤味を帯びだしているのがある。
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隠元豆も支柱に絡み開花も始まっている。奥のプランターは青紫蘇で虫除けネットを押し上げて伸びている。
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ナスは一番果を早めに収穫済
6月9日 トマト初収穫 色も形も可憐だ
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2018年4月12日 (木)

北九州旅行⑦~大宰府天満宮

..二日市駅に降り立つと、ロータリーに出発間際のバスがあり、その行き先が「大宰府行」とわかり、迷わず飛び乗った。バス便は電車に比べ乗ってる時間は多少長くなるが、初めての場所で、二日市駅から西鉄大牟田線「紫駅」、西鉄二日市で西鉄大宰府線乗り換えが必要となる。
バスは空いていて、途中の景色を楽しみながら約30分位で太宰府天満宮の参道前まで運んで貰えた。
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神社名石標
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二の鳥居 中国や韓国など外国人観光客が目立つ
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太鼓橋
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太鼓橋を渡ると三の鳥居と奥に楼門が見えてくる。
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三の鳥居と楼門
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本殿 菅原道真を祭神として祀る天満宮。五間社流造で屋根檜皮葺 北野天満宮とともに天神さま(菅原道真公)をお祀りする約12,000社全国天満宮の総本社。
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本殿の右手に植えられているのが「飛梅」樹齢1000年を超える白梅、左は紅梅
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御朱印
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大楠 樹高 33m、樹齢 300年以上
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楼門
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くすかき
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参道にて名物「梅ヶ枝餅」をひとつ買ってバス停まで食べながら歩いた。
予定のスケジュールは随分変わって、行きたいと希望していた場所には概ね行けた。大隈重信記念館のみ行けなかったが、健康で歩けるなら又来れるだろう。
これにて九州旅行は終わり。翌日福岡空港15時10分の便で東京に戻った。

北九州旅行⑥~吉野ケ里遺跡

宗像大社参拝後博多から駅前センターにてバスに乗り換えて太宰府天満宮へ行く予定だったが、JR博多駅で降りたホームで丁度長崎行き特急が出発間際だったので飛び乗った。11日スキップしていた吉野ケ里は最終日午前中にと思っていた。ひとり旅ゆえにできることで、宗像から佐賀吉野ケ里へそして大宰府へと変更した。
新鳥栖で降りて各駅停車を待つ間に、ホームでそばを食べた。疲労からか朝起きぬけから下痢していたので丁度よい。吉野ケ里公園駅から東口(メインゲート)まで約700m、神崎駅から西口まで600m。
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随所に案内板があり不安なく歩いていけた。
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公園入口 さすが国営公園だ。立派なエントランス
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歴史公園センターにて入場券を購入シルバー料金で200円
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パンフレットと利用券
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マップ 
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環濠入口広場から弥生時代にタイムスリップ
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歩いていると鹿がいるぞ
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右手には猪の親子だ
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南内郭 新聞やテレビ等で馴染みの櫓
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柵の中に物見櫓が4棟の他 王たちの居住空間を含め20棟の建物が復元されている。
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櫓と柵
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櫓と集会の館。奥にあるのは王の住居
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織布と染色した糸
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北内郭入口には鳥居の起源を思わせる門に鳥
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吉野ケ里集落の中で最も神聖な場所 巨大な神殿など9棟が復元されている。建物の中に入るよう勧められたが、疲労感あり階段をのぼるのは躊躇されてやめた。
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甕棺墓列 全長300メートルにわたり約500基の墓列
子供用か小さめの甕
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大人用か
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穀倉 竹で網代編みなのが興味深かった
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時間が無くここから南内郭経由で東口へ戻ることに、櫓と支配階級の住居
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吉野ケ里公園駅から二日市駅へ

北九州旅行⑤~世界遺産宗像大社辺津宮

ユネスコ第41回世界遺産委員会は2017年7月9日、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界遺産への登録を決定された。登録名称は「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群、構成資産は次の8資産
1  沖ノ島
2  小屋島
3  御門柱
4  天狗岩
5  宗像大社沖津宮遥拝所
6  宗像大社中津宮
7  宗像大社辺津宮
8  新原・奴山古墳群


できれば8か所全て行きたいが、今回は辺津宮のみとする。博多駅から東郷駅へ。東郷駅からバスで途中朝のラッシュなのか慢性的な渋滞なのか心配させられたが、10分位の予定が倍の20分掛かった。
まずは社標石と鳥居 早朝のせいか参拝者、観光客は少ない。
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荘厳な印象 太鼓橋、神門を挟み拝殿が微かに見える。
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手水舎
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祓舎
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神門に従六菊花紋 表には皇統守護の神勅を戴く鎮祭の守護から「菊の御紋」を、裏紋に歴代の宗像大宮司家の家紋である「楢の葉紋
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拝殿
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拝殿扁額 残念ながら上部分「神勅」の文字が欠けた撮影となった。神勅は天照大神の勅命(神様の出されたご命令)のこと。「筑紫の国に降り、沖津宮・中津宮・辺津宮に鎮まりなさい。そして歴代天皇のまつりごとを助け、丁重な祭祀を受けられよ」と示され、皇室のご繁栄を祈ることが、国民の繁栄に通ずる道であることを明示された。この神勅額を宗像大社では三女神鎮座の根幹として、宗像三宮それぞれの拝殿に掲げてある。
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「高宮参道」の門をくぐり
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第二宮
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第三宮
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高宮祭場へ
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高宮祭場 宗像三女神の降臨地といわれている神聖な場所。沖ノ島と並び我が国の祈りの原形を今に伝える全国でも数少ない古代祭場。
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本殿・拝殿を囲むように120もの末社が21の社に祀られている。
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ご神木の楢の新芽が花が咲いたように美しい
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太鼓橋と池
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御朱印は第一駐車場入り口左手祈願殿にて頂けた
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2018年4月11日 (水)

北九州旅行④~博多 櫛田神社、東長寺etc

祐徳院の後午後に佐賀市に戻り「大隈重信記念館」、その後には「吉野ケ里遺跡」を予定していたが、88歳の義兄の様子を見ているとtoo hardと判断し、博多まで同道し新幹線へ乗せた。自分ひとりでもやっとこなせるスケジュールだったので仕方ない。以降ひとり旅となる。

博多駅前の様子はまさに大都会。佐賀との比較となってしまい、余計にエネルギーに溢れた大都会だ。タクシーの運転手さんによると人口も既に出身地の神戸市を上回っているそうだ。

参考2018年4月1日の推計(万人)
   東京区部 950、横浜市 373、大阪市 271、名古屋市 231、札幌市 195、福岡市 157、神戸市 152、川崎市 150、京都市 146

初めて降り立った博多駅前

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市内観光のトップは「櫛田神社」 若い観光客が多い。インドネシアからの若い女性グループは浴衣を着て記念撮影をしていた。

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博多の総鎮守

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祭神は正殿に大幡主命(櫛田宮)・左殿に天照皇大神(大神宮)・右殿に素戔鳴尊(祇園宮)の三神で拝殿には3つの鈴が並んでいる。

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扁額

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扁額「稜威」 「いつ」と読む。しかし櫛田神社では「みいず」と読むそうだが、「御稜威」と書くものが多い。意味としては「神の力」で、ここでは天皇の御威光ということらしい。

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博多祇園山笠が奉納される神社で、飾り山笠が一年中展示されている。
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座牛 角から頭、鼻をよく触られていて金色に光っている。

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御朱印は拝殿右手奥の社務所にてお願いした

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櫛田神社の前の「ふるさと館

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ふるさと館の建物群

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東長寺 真言宗の寺院。寺伝では大同元年(806年)、空海(弘法大師)が唐での修業ののち帰国し、博多滞在の折に密教東漸を祈願して建立したと伝える。九州における真言宗九州教団の拠点寺院(別格本山)である。九州八十八カ所第一番霊場

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真言密教が東に長く伝わるようにと祈願され建てられたお寺。弘法大師が創建したお寺としては日本で一番古い霊場です。また、黒田家二代忠之公、三代光之公、八代治高公の墓所がある。

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どこを見ても端正で美しい寺院との印象を受けた。六角堂もしかり。

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御朱印

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かなり歩き回り疲労感もありホテルへ戻ろうとしたら、格調高い寺院の佇まいに吸い寄せられて門をくぐった。門の扁額「勅賜承天禅寺」となりに「勅賜」が入っている。天皇から賜ったという意味だがはてはて。禅寺は臨済宗か。

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そういえば隣の開かずの門には菊の御紋章がある。承天寺 臨済宗東福寺派の寺院 

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仁治2年(1241年)、大宰少弐・武藤資頼が円爾(弁円、聖一国師)を招聘して創建。創建にあたっては謝国明ら宋商人が多く援助した。仏殿「覚皇殿」、方丈、開山堂などがある。方丈の前には石庭「洗濤庭」が広がる。墓地には新派俳優の川上音二郎や、宋で織物技術を学び博多織を始めた満田弥三右衛門らの墓がある。

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なんか変だと思ったら、境内は市道によって北東と南西に分かれる。
    「饂飩蕎麦発祥之地」の石碑 – 仁治2年(1241年)に円爾が宋から帰国した際に技術を持ち帰った。
    「御饅頭所」の石碑 – 円爾が宋から持ち帰った饅頭の製法を茶店に伝え、与えた看板(虎屋所蔵)の文字を彫っている。
    「満田彌三右衛門之碑」 – 円爾とともに宋に渡り、織物、麝香、素麺、金箔、朱の製法を持ち帰った。
    「山笠発祥之地」の石碑

なんと日本事始めのオンパレード凄い寺院でした。

鐘楼も格式高い

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北九州旅行③~祐徳稲荷神社

予め調べて置いた地元タクシー会社「再耕庵タクシー」に電話して祐徳稲荷神社へ向かった。途中の造り酒屋「幸姫」や改築されて小学校など車窓から懐かしく眺めながら祐徳稲荷神社駐車場へ。

既に山の崖に鮮やかな朱色の本殿が見える。外国人観光客が急増しているスポットとしてテレビでしばしば紹介されている。下写真の右端は2016年5月新設されたエレベーター塔高さ20mは老人には優しい施設である。

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別名鎮西日光伏見稲荷大社、笠間稲荷神社とともに三大稲荷の一つに数えられる。九州の神社では太宰府天満宮に次ぐ参拝客数年300万人である。

社名標石

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鹿島藩主鍋島直朝夫人で、後陽成天皇の孫・左大臣花山院定好の娘の萬子媛(まんこひめ)が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請したのに始まる。萬子媛の諡名から「祐徳院」と呼ばれるようになり、祭神の稲荷神とともに萬子媛の霊験により信仰を集めた。

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神橋から見渡すと佐賀県最高峰である多良岳系の一つ経ヶ岳(1,076m)が現れる。神橋を通る錦波川(浜川)流域は毎年たくさんの蛍が飛び交い初夏の風物詩の清き流れ。この少し下流域でよく遊んだものだ。深くなっている所で泳ぎを覚えたものだ。

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ゴミ一つなく、昔とかわらず清い流れに感銘を受けた。

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太鼓橋と楼門 奥に本殿と客殿 外国人も喜ぶのが理解できる。

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フォトジェニックな朱の世界。清水寺の本殿よりも6m高い18mの高さにある懸(かけ)造りの本殿

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 面浮立(メンブリュウ)は、いかめしい鬼の面を被った勇壮な掛け打ち姿の舞い手を主役として、浮立(フリュウ)行列が鉦(カネ)や太鼓・笛などを囃して行う、佐賀県を代表する伝承芸能。何故か我が家にはこのお面がある。

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御神楽殿

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本殿へ階段を上り

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拝殿を横から

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拝殿天井の絵

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参拝後80代の姉夫婦を置き、奥の院へ

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石壁社

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外苑つつじ園が望める。 咲き始めているが全山満開時の様子は壮観だ。花の時期によく写生大会があり来ていた。

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途中中国語に交じりハングルも聞こえてくる。

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元気なおじいさんに会ったので、話をしたら81歳で台湾からの観光客だった。テレビで紹介されているタイからの観光客には会えなかった。

待ち焦がれた姉から電話があり休憩所に戻ると テレビによく見ている権宮司の鍋島朝寿さんが参拝客グループを案内されていた。

門前町を散策してから再耕庵さんを呼んだ。

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少年時代を綺麗な川、緑豊かな山々、少し歩くと海もあるという素晴らしい環境で過ごせたことを有難く感謝したい。

北九州旅行②~肥前浜宿60年ぶりのふる里

佐賀駅前の東横インに宿泊していたので、朝一の列車に乗るのはそれ程困難ではなかった。しかし、事前にICカードSUICAがJR九州でも利用できるときいていたので、佐賀駅改札をスイカで入場したが、下車駅がICカード非対応と分かり、車中で現金払いし、佐賀駅入場のデータは夕刻博多駅で処理してもらった。

肥前浜駅に降り立つ。無人駅で朝一ということもあり閑散としたものだ。

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駅前通りの象徴的な存在であった大鳥居は数年前に老朽化して危険とのことで解体されていた。楽しみにしていた姉は残念がった。解体の経緯の説明版が跡地に立っていた。説明内容よりその雄姿の写真に感動した。自分の印象としてはもっと巨大な鳥居であった。台座の白い部分に乗れるようになった時の嬉しさ誇らしさがよみがえってきた。

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造り酒屋さんが多かったが、最初に目に入ったのは旧藩名を商標とした「鍋島」。世界最大級のワイン品評会のSAKE部門で最優秀賞を獲得し今や全国区となっている。富久千代酒造

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つづいて煙突が印象的な「玉の香」は飯盛酒造だ。現在は酒造りを行っておらず、酒蔵を活用して作った粕漬を販売しています。

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いよいよ酒蔵通り。幼年時この通りを走り回っていたものだ。60年ぶりの目には「こんなに狭い道だったのか」だ。

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継ぎ場

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肥前浜宿は中世(鎌倉・室町時代)にさかのぼる古い歴史を持った町で、港町・宿場町として近世(江戸時代)から近代(明治・大正・昭和)を通じて栄えてきました。経済力と豊かな地下水、おいしいお米によって酒造りが盛んとなり、現在でも大型酒蔵が建ち並んでいる。

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これらの歴史の中で、肥前浜宿には多くの白壁土蔵や茅葺町家などの伝統的な建物が残り、国が「歴史的建造物群保全地区」に指定している。

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小倉から佐賀を抜けて長崎へと続く長崎街道。江戸時代は唯一外国との接点となっていた長崎から、この街道を通じて最先端の情報やもの、人が数多く往来しましたものだ。

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肥前浜宿は、そんな長崎街道の脇街道「多良往還」の宿場町、漁師町として賑わった。多良往還は多良海道とも呼ばれた

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浜千件といわれるほど賑わった浜宿は、元禄年間(1688~1704)頃から多良岳を源流とする豊富な水を使った酒造業が栄え現在に至っている。

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早朝だというのに既に店頭に出て、試飲を勧めてくれるお店もあった。60年前もメーカーでありながら、店で造りたての酒を飲ませる店があり知らないおじさん達が楽しそうに飲んでる姿をしばしば見たものだ。

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生家跡地も保全地域になっている。生家の隣近所の表札など見たら当時お世話になったり、一緒に遊んだ方の親族がお住いのようだが既に世代変わりをしていた。最もよく遊んだ人のお孫さんと話ができた。

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早朝のせいだけではなさそうな寂れ方であったが、話をした人は皆元気で優しくて心穏やかに旅を続けられた。

2018年4月10日 (火)

北九州旅行①~初の格安航空で福岡へ

この一年何度か倒れて、このまま死ぬのかと思うこともあった。1月下旬の超音波検査で「リンパ節肥大」が判明した。今後様々な精密検査をすることになった。後悔したくないので気になっていた長姉のお見舞いを兼ねて福岡と佐賀への旅行をしたいと、フライトとホテルの予約をネットで一気に決めた。

いろいろ検索し検討の結果、格安航空の価格、安全性、ホスピタリティ等の観点で「問題なし」だろうと思い、初めて格安航空を利用することにした。成田空港発10時45分で30分前までにはチェックインしなくてはならないが、朝には強く大丈夫だ。ただ大腸に問題を抱えている身なので、朝食はバナナだけにしてチェックイン後フードコートで食べた。

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座席を前方通路側をネットで予約しておいたので乗り降りもストレス無く、トイレも気兼ねなく行ける(実際はトイレは利用しなかった)。

搭乗待合室

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予定時間通りに福岡空港に到着。新大阪から新幹線を利用して来る兵庫県芦屋市に住む姉夫婦と合流して長姉を見舞うことができた。長姉は数年前から自立歩行が困難となり、実家の神戸での法事等に来れなくなっていたので、気になっていた。

芦屋の姉夫婦の孫が九州大学に入学しており、孫に会いには来ているが、市内の観光はしていないとのことでまずは福岡タワーに上ることにした。

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福岡タワーのHP

「全長234m。海浜タワーとしては日本一の高さを誇る福岡タワー。その地上123mにある最上階の展望室からは、福岡の街並みや博多湾などの景色を360度の大パノラマで一望できます。東には博多駅や天神といった九州一の繁華街、西にはヨットハーバーや海浜公園といったウォーターフロントが広がり、南側からはアジア都市景観賞を受賞した街並みと彼方に緑豊かな脊振山地を一望。北に面する博多湾の先には空と海がとけあう水平線が見渡せ、地上からでは味わえない開放感に浸ることができます。」

ヤフオクドームはビルの陰に隠れてはいるが近くに見えた。

マリゾン 海に飛び出ていてひと際目立つ。シーサイドももち海浜公園にあるシティリゾート。海に浮かぶデッキに、レストランやカフェ、ショップなどのかわいらしい建物が並ぶ。浜辺で体を焼いたり、ペットと一緒に散歩したりする人の姿も多い。海の中道海浜公園へ向かう高速船乗り場も併設した海遊びのメッカだ。

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この後大濠公園、櫛田神社等予定していたが、姉夫婦の疲労等考慮して割愛した。

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