2018年4月12日 (木)

北九州旅行⑤~世界遺産宗像大社辺津宮

ユネスコ第41回世界遺産委員会は2017年7月9日、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界遺産への登録を決定された。登録名称は「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群、構成資産は次の8資産
1  沖ノ島
2  小屋島
3  御門柱
4  天狗岩
5  宗像大社沖津宮遥拝所
6  宗像大社中津宮
7  宗像大社辺津宮
8  新原・奴山古墳群


できれば8か所全て行きたいが、今回は辺津宮のみとする。博多駅から東郷駅へ。東郷駅からバスで途中朝のラッシュなのか慢性的な渋滞なのか心配させられたが、10分位の予定が倍の20分掛かった。
まずは社標石と鳥居 早朝のせいか参拝者、観光客は少ない。
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荘厳な印象 太鼓橋、神門を挟み拝殿が微かに見える。
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手水舎
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祓舎
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神門に従六菊花紋 表には皇統守護の神勅を戴く鎮祭の守護から「菊の御紋」を、裏紋に歴代の宗像大宮司家の家紋である「楢の葉紋
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拝殿
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拝殿扁額 残念ながら上部分「神勅」の文字が欠けた撮影となった。神勅は天照大神の勅命(神様の出されたご命令)のこと。「筑紫の国に降り、沖津宮・中津宮・辺津宮に鎮まりなさい。そして歴代天皇のまつりごとを助け、丁重な祭祀を受けられよ」と示され、皇室のご繁栄を祈ることが、国民の繁栄に通ずる道であることを明示された。この神勅額を宗像大社では三女神鎮座の根幹として、宗像三宮それぞれの拝殿に掲げてある。
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「高宮参道」の門をくぐり
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第二宮
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第三宮
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高宮祭場へ
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高宮祭場 宗像三女神の降臨地といわれている神聖な場所。沖ノ島と並び我が国の祈りの原形を今に伝える全国でも数少ない古代祭場。
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本殿・拝殿を囲むように120もの末社が21の社に祀られている。
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ご神木の楢の新芽が花が咲いたように美しい
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太鼓橋と池
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御朱印は第一駐車場入り口左手祈願殿にて頂けた
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2018年4月11日 (水)

北九州旅行④~博多 櫛田神社、東長寺etc

祐徳院の後午後に佐賀市に戻り「大隈重信記念館」、その後には「吉野ケ里遺跡」を予定していたが、88歳の義兄の様子を見ているとtoo hardと判断し、博多まで同道し新幹線へ乗せた。自分ひとりでもやっとこなせるスケジュールだったので仕方ない。以降ひとり旅となる。

博多駅前の様子はまさに大都会。佐賀との比較となってしまい、余計にエネルギーに溢れた大都会だ。タクシーの運転手さんによると人口も既に出身地の神戸市を上回っているそうだ。

参考2018年4月1日の推計(万人)
   東京区部 950、横浜市 373、大阪市 271、名古屋市 231、札幌市 195、福岡市 157、神戸市 152、川崎市 150、京都市 146

初めて降り立った博多駅前

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市内観光のトップは「櫛田神社」 若い観光客が多い。インドネシアからの若い女性グループは浴衣を着て記念撮影をしていた。

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博多の総鎮守

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祭神は正殿に大幡主命(櫛田宮)・左殿に天照皇大神(大神宮)・右殿に素戔鳴尊(祇園宮)の三神で拝殿には3つの鈴が並んでいる。

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扁額

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扁額「稜威」 「いつ」と読む。しかし櫛田神社では「みいず」と読むそうだが、「御稜威」と書くものが多い。意味としては「神の力」で、ここでは天皇の御威光ということらしい。

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博多祇園山笠が奉納される神社で、飾り山笠が一年中展示されている。
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座牛 角から頭、鼻をよく触られていて金色に光っている。

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御朱印は拝殿右手奥の社務所にてお願いした

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櫛田神社の前の「ふるさと館

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ふるさと館の建物群

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東長寺 真言宗の寺院。寺伝では大同元年(806年)、空海(弘法大師)が唐での修業ののち帰国し、博多滞在の折に密教東漸を祈願して建立したと伝える。九州における真言宗九州教団の拠点寺院(別格本山)である。九州八十八カ所第一番霊場

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真言密教が東に長く伝わるようにと祈願され建てられたお寺。弘法大師が創建したお寺としては日本で一番古い霊場です。また、黒田家二代忠之公、三代光之公、八代治高公の墓所がある。

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どこを見ても端正で美しい寺院との印象を受けた。六角堂もしかり。

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御朱印

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かなり歩き回り疲労感もありホテルへ戻ろうとしたら、格調高い寺院の佇まいに吸い寄せられて門をくぐった。門の扁額「勅賜承天禅寺」となりに「勅賜」が入っている。天皇から賜ったという意味だがはてはて。禅寺は臨済宗か。

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そういえば隣の開かずの門には菊の御紋章がある。承天寺 臨済宗東福寺派の寺院 

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仁治2年(1241年)、大宰少弐・武藤資頼が円爾(弁円、聖一国師)を招聘して創建。創建にあたっては謝国明ら宋商人が多く援助した。仏殿「覚皇殿」、方丈、開山堂などがある。方丈の前には石庭「洗濤庭」が広がる。墓地には新派俳優の川上音二郎や、宋で織物技術を学び博多織を始めた満田弥三右衛門らの墓がある。

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なんか変だと思ったら、境内は市道によって北東と南西に分かれる。
    「饂飩蕎麦発祥之地」の石碑 – 仁治2年(1241年)に円爾が宋から帰国した際に技術を持ち帰った。
    「御饅頭所」の石碑 – 円爾が宋から持ち帰った饅頭の製法を茶店に伝え、与えた看板(虎屋所蔵)の文字を彫っている。
    「満田彌三右衛門之碑」 – 円爾とともに宋に渡り、織物、麝香、素麺、金箔、朱の製法を持ち帰った。
    「山笠発祥之地」の石碑

なんと日本事始めのオンパレード凄い寺院でした。

鐘楼も格式高い

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北九州旅行③~祐徳稲荷神社

予め調べて置いた地元タクシー会社「再耕庵タクシー」に電話して祐徳稲荷神社へ向かった。途中の造り酒屋「幸姫」や改築されて小学校など車窓から懐かしく眺めながら祐徳稲荷神社駐車場へ。

既に山の崖に鮮やかな朱色の本殿が見える。外国人観光客が急増しているスポットとしてテレビでしばしば紹介されている。下写真の右端は2016年5月新設されたエレベーター塔高さ20mは老人には優しい施設である。

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別名鎮西日光伏見稲荷大社、笠間稲荷神社とともに三大稲荷の一つに数えられる。九州の神社では太宰府天満宮に次ぐ参拝客数年300万人である。

社名標石

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鹿島藩主鍋島直朝夫人で、後陽成天皇の孫・左大臣花山院定好の娘の萬子媛(まんこひめ)が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請したのに始まる。萬子媛の諡名から「祐徳院」と呼ばれるようになり、祭神の稲荷神とともに萬子媛の霊験により信仰を集めた。

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神橋から見渡すと佐賀県最高峰である多良岳系の一つ経ヶ岳(1,076m)が現れる。神橋を通る錦波川(浜川)流域は毎年たくさんの蛍が飛び交い初夏の風物詩の清き流れ。この少し下流域でよく遊んだものだ。深くなっている所で泳ぎを覚えたものだ。

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ゴミ一つなく、昔とかわらず清い流れに感銘を受けた。

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太鼓橋と楼門 奥に本殿と客殿 外国人も喜ぶのが理解できる。

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フォトジェニックな朱の世界。清水寺の本殿よりも6m高い18mの高さにある懸(かけ)造りの本殿

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 面浮立(メンブリュウ)は、いかめしい鬼の面を被った勇壮な掛け打ち姿の舞い手を主役として、浮立(フリュウ)行列が鉦(カネ)や太鼓・笛などを囃して行う、佐賀県を代表する伝承芸能。何故か我が家にはこのお面がある。

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御神楽殿

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本殿へ階段を上り

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拝殿を横から

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拝殿天井の絵

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参拝後80代の姉夫婦を置き、奥の院へ

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石壁社

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外苑つつじ園が望める。 咲き始めているが全山満開時の様子は壮観だ。花の時期によく写生大会があり来ていた。

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途中中国語に交じりハングルも聞こえてくる。

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元気なおじいさんに会ったので、話をしたら81歳で台湾からの観光客だった。テレビで紹介されているタイからの観光客には会えなかった。

待ち焦がれた姉から電話があり休憩所に戻ると テレビによく見ている権宮司の鍋島朝寿さんが参拝客グループを案内されていた。

門前町を散策してから再耕庵さんを呼んだ。

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少年時代を綺麗な川、緑豊かな山々、少し歩くと海もあるという素晴らしい環境で過ごせたことを有難く感謝したい。

北九州旅行②~肥前浜宿60年ぶりのふる里

佐賀駅前の東横インに宿泊していたので、朝一の列車に乗るのはそれ程困難ではなかった。しかし、事前にICカードSUICAがJR九州でも利用できるときいていたので、佐賀駅改札をスイカで入場したが、下車駅がICカード非対応と分かり、車中で現金払いし、佐賀駅入場のデータは夕刻博多駅で処理してもらった。

肥前浜駅に降り立つ。無人駅で朝一ということもあり閑散としたものだ。

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駅前通りの象徴的な存在であった大鳥居は数年前に老朽化して危険とのことで解体されていた。楽しみにしていた姉は残念がった。解体の経緯の説明版が跡地に立っていた。説明内容よりその雄姿の写真に感動した。自分の印象としてはもっと巨大な鳥居であった。台座の白い部分に乗れるようになった時の嬉しさ誇らしさがよみがえってきた。

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造り酒屋さんが多かったが、最初に目に入ったのは旧藩名を商標とした「鍋島」。世界最大級のワイン品評会のSAKE部門で最優秀賞を獲得し今や全国区となっている。富久千代酒造

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つづいて煙突が印象的な「玉の香」は飯盛酒造だ。現在は酒造りを行っておらず、酒蔵を活用して作った粕漬を販売しています。

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いよいよ酒蔵通り。幼年時この通りを走り回っていたものだ。60年ぶりの目には「こんなに狭い道だったのか」だ。

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継ぎ場

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肥前浜宿は中世(鎌倉・室町時代)にさかのぼる古い歴史を持った町で、港町・宿場町として近世(江戸時代)から近代(明治・大正・昭和)を通じて栄えてきました。経済力と豊かな地下水、おいしいお米によって酒造りが盛んとなり、現在でも大型酒蔵が建ち並んでいる。

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これらの歴史の中で、肥前浜宿には多くの白壁土蔵や茅葺町家などの伝統的な建物が残り、国が「歴史的建造物群保全地区」に指定している。

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小倉から佐賀を抜けて長崎へと続く長崎街道。江戸時代は唯一外国との接点となっていた長崎から、この街道を通じて最先端の情報やもの、人が数多く往来しましたものだ。

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肥前浜宿は、そんな長崎街道の脇街道「多良往還」の宿場町、漁師町として賑わった。多良往還は多良海道とも呼ばれた

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浜千件といわれるほど賑わった浜宿は、元禄年間(1688~1704)頃から多良岳を源流とする豊富な水を使った酒造業が栄え現在に至っている。

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早朝だというのに既に店頭に出て、試飲を勧めてくれるお店もあった。60年前もメーカーでありながら、店で造りたての酒を飲ませる店があり知らないおじさん達が楽しそうに飲んでる姿をしばしば見たものだ。

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生家跡地も保全地域になっている。生家の隣近所の表札など見たら当時お世話になったり、一緒に遊んだ方の親族がお住いのようだが既に世代変わりをしていた。最もよく遊んだ人のお孫さんと話ができた。

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早朝のせいだけではなさそうな寂れ方であったが、話をした人は皆元気で優しくて心穏やかに旅を続けられた。

2018年4月10日 (火)

北九州旅行①~初の格安航空で福岡へ

この一年何度か倒れて、このまま死ぬのかと思うこともあった。1月下旬の超音波検査で「リンパ節肥大」が判明した。今後様々な精密検査をすることになった。後悔したくないので気になっていた長姉のお見舞いを兼ねて福岡と佐賀への旅行をしたいと、フライトとホテルの予約をネットで一気に決めた。

いろいろ検索し検討の結果、格安航空の価格、安全性、ホスピタリティ等の観点で「問題なし」だろうと思い、初めて格安航空を利用することにした。成田空港発10時45分で30分前までにはチェックインしなくてはならないが、朝には強く大丈夫だ。ただ大腸に問題を抱えている身なので、朝食はバナナだけにしてチェックイン後フードコートで食べた。

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座席を前方通路側をネットで予約しておいたので乗り降りもストレス無く、トイレも気兼ねなく行ける(実際はトイレは利用しなかった)。

搭乗待合室

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予定時間通りに福岡空港に到着。新大阪から新幹線を利用して来る兵庫県芦屋市に住む姉夫婦と合流して長姉を見舞うことができた。長姉は数年前から自立歩行が困難となり、実家の神戸での法事等に来れなくなっていたので、気になっていた。

芦屋の姉夫婦の孫が九州大学に入学しており、孫に会いには来ているが、市内の観光はしていないとのことでまずは福岡タワーに上ることにした。

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福岡タワーのHP

「全長234m。海浜タワーとしては日本一の高さを誇る福岡タワー。その地上123mにある最上階の展望室からは、福岡の街並みや博多湾などの景色を360度の大パノラマで一望できます。東には博多駅や天神といった九州一の繁華街、西にはヨットハーバーや海浜公園といったウォーターフロントが広がり、南側からはアジア都市景観賞を受賞した街並みと彼方に緑豊かな脊振山地を一望。北に面する博多湾の先には空と海がとけあう水平線が見渡せ、地上からでは味わえない開放感に浸ることができます。」

ヤフオクドームはビルの陰に隠れてはいるが近くに見えた。

マリゾン 海に飛び出ていてひと際目立つ。シーサイドももち海浜公園にあるシティリゾート。海に浮かぶデッキに、レストランやカフェ、ショップなどのかわいらしい建物が並ぶ。浜辺で体を焼いたり、ペットと一緒に散歩したりする人の姿も多い。海の中道海浜公園へ向かう高速船乗り場も併設した海遊びのメッカだ。

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この後大濠公園、櫛田神社等予定していたが、姉夫婦の疲労等考慮して割愛した。

2018年3月29日 (木)

日蓮宗大本山長栄山本門寺

下丸子での用事が済んだので近くの本門寺へ。今回で三度目の参詣となる。桜の季節に来たかった事、前回御朱印を貰い損ねたことから訪れた。

恐怖の大階段 桜を愛でながらゆっくり参るとしよう。此経難持坂96段の石段坂。慶長年間に加藤清正が寄進したものと伝えられている。妙法蓮華経(法華経)宝塔品の偈文の96文字にちなんで石段を96段とし、偈文の文頭の文字をとって坂名となっている。

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三門(仁王門) 門内には彫刻家圓鍔勝三が、アントニオ猪木をモデルに制作した仁王像が安置されたが、近年修理を機に本殿内に移設。新たに仏師原田佳美作の仁王像が2001年(平成13年)10月に開眼供養が行われ奉られている

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祖師堂

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祖師堂大堂右前の案内所にて御朱印をお願いした

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白っぽい花は大島桜か

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五重塔と桜

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祖師堂と桜

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鐘楼と桜

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お参りと花見が同時でできてよかった。

2018年3月19日 (月)

鎌倉五山金宝山浄智寺

臨済宗鎌倉五山は既に全てお参りしている。しかし御朱印を頂けていないのが第四位浄智寺で今回改めてお参りさせていただくことにした。浄智寺は鎌倉幕府第5代執権であった北条時頼の三男である宗政が29歳でなくなったことを悼んで兄の時宗が1283年に創建したもの。創建当時は七堂伽藍を備えた大寺院だった。

高麗門の前の石段の石のすり減りの様が歴史を表している。
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山寺情緒が寺好きの心をくすぐる。高麗門の手前左側は甘露の井

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惣門に掲げられている扁額「寶所在近」この寶所とは悟りの世界の彼岸であり極楽浄土のことを意味し極楽は遠くにあるものではなく自己の中にあるんだよということ。

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惣門を潜り進むと唐様の鐘楼門 上階花頭窓から梵鐘が見えている。

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扁額は「山居幽勝」

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更に進んでいると実生のサクラソウが 可憐に咲いている

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曇華殿 どんげでん

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室町期作の木像三世仏坐像 左から阿弥陀・釈迦・弥勒の各如来 過去・現在・未来に対応した如来。衣の裾が蓮華台座に垂れ下がっているのが面白い。

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木造聖観音立像 南北朝時代のもので、1923年(大正12年)の関東大震災で破損したが、昭和初期に修復された。 かつては、山門の楼上に五百羅漢とともに祀られていたという。 鎌倉観音巡礼第31番札所本尊。

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コウヤマキの大木

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梅古木と茅葺客殿

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青銅五重塔レプリカと客殿 客殿の佇まいが何とも好きである。

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浄智寺裏山のやぐら内に置かれた「布袋尊」は、鎌倉・江の島七福神の一つ。 お腹を撫でると元気がもらえるのだという。頭をなでる人も多いらしくつるつる光っている。

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客殿の寺務所で御朱印を頂いた。今回の目的である。

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帰り際にクリスマスローズが可憐に見送ってくれた

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2018年2月24日 (土)

炭焼き&椎茸榾木体験

2年前初めて参加した炭焼き体験に再び参加した。

受付時間が8時30分からということでしばらく木漏れ日の森を散策

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いつ歩いても気持ちがいいものだ

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畑の霜 美しい紋様を見せてくれている。

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時間になったので受付して炭焼き小屋へ。まず昨年焼いたのを取り出す。

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コナラやクヌギなど萌芽更新で伐採したものを同じ長さに切り揃えている

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取り出した炭

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お土産として頂いた炭は自宅リビングルーム、寝室、トイレ、玄関、汗をかくトレーニングルームなどに置いている。

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粉炭も菜園に撒いている。今年も木酢液と共に頂けた。

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椎茸の原木ホタ木はコナラで5本購入した。今回作業に熱中し撮影できなかった。直径12~13cmで10kgはあり、女子供には運べない結構な重さである。駐車場まで運んで貰えるので有難い。現在自宅庭で仮伏している。 

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前回頂いたホタ木からは昨年11月の芽切りを確認したが、 芽切りはいつ見ても感動する。こんなに硬い皮を突き破ってよくぞ出てきたものだ。

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二年前コナラ2本クヌギ1本駒打ちしたが、去年秋にコナラ2本に芽切りを確認したが、クヌギは出てこなかった。下写真の右がクヌギ。皮が厚く乾燥し過ぎたようだ。乾燥しないよう時々水をかけたり直射日光を避けるよう苦労している。

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今回はコナラだけなので期待している来年の秋から収穫できる。楽しみである。

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玄関の炭

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玄関靴箱の上

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一階のトイレ 二階にも置いている

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寝室 整理ダンスの五月人形の上

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トレーニングルーム 汗をかくので必須

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2017年12月13日 (水)

代々木八幡

小田急沿線のパワースポットとして芸能人による情報から若い人にも人気の神社。
ずばり「代々木八幡駅」からスタート。

社標石
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狛犬

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階段

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鳥居 奥に見えるは拝殿か。本殿拝殿の撮影を失念していた。帰宅後に気が付いた。

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出世稲荷大明神

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御朱印

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境内には竪穴式住居

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縄文人の生活を展示

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出土した土器

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石棒

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石器 打製石斧

(半年後の翌年2018年5月に投稿した)

2017年12月 4日 (月)

小網神社

東京都心のパワースポットとして若者にも支持されている小網神社へ。初参詣。
東京駅よりスタートした。

ほぼ全景 拝殿と奥の本殿、右の神楽殿、左の建物は社務所。

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若い男性が手水舎の傍に佇んでいる。清めている時には気が付かなかったが、終わって手を拭いている時に気が付いた。三十代前半と思われる若者はその後拝殿に進み、礼拝後左に寄り、手を合わせたまま長い時間ひたすらお祈りしていた。帰宅後この写真を見てこの段階から居られたのだとわかった。若い方の熱心な参拝の姿に感銘を受けた。

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鳥居の扁額

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教育委員会の解説板

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社務所にて御朱印を頂いた。

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帰る頃には狭い境内に人が溢れていた。熱心に両手を合わせていた若者はまだ拝殿の左前で祈りを続けていた。

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