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2012年12月 5日 (水)

箭幹八幡宮~推古24年(616)勧請~

町田市矢部にある「箭幹(やがら)八幡宮」へ初めてお詣りしてきた。
町田の民話伝承を見ているとよく箭幹(やがら)八幡神社が出てくる。

予定していたバスに乗れなかったり、違ったバスに乗りかけて
IC乗車券を翳してしまったり失敗続きで思いの外時間が掛かった。
鎮守の森の中にお社を垣間見れてやれやれだ。

八幡宮記」によると推古24年(616)勅令により勧請された。
社名について武蔵風土記稿は「造営の時に社殿屋上に矢幹をさしたので
矢幹八幡になった。」とし、武蔵名勝図絵は「木曽八幡と称するに至った
木曽義仲が滅亡したので、木曽を憚り、箭柄八幡に改称した。」

平安時代の中頃に源義家が東北地方で戦ったあと、都への帰り道このあたりで
病気になり、八幡宮の神にお祈りしたところ、夢に白髪の老人が現れ弓矢を
使って取り憑いていた悪鬼を追い払い快癒した。義家はこの白髪の老人は
八幡宮の神と感謝し、荒れ果てていた神社を建て直したという伝説がある。
このあたりを都と東の国々とを結ぶ道があったことを示している。

東側の鳥居
西側にひとつと南側にふたつ合計よっつの鳥居がある。
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南の鳥居
真新しく建立したばかりに見える。
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鳥居の左柱裏を見ると「平成二十五年九月吉日」とある。
何らかの意味があるのだろう。
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参道
長い参道で、目測100メートル。流鏑馬も境内でやるそうだが
それはこの参道の右側だろうか。
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随身門
神社外郭の門で、武官姿の随身像を左右に安置している門。
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右の武官
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左の武官
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拝殿
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鐘楼
神社に鐘楼とはいかに。当社は神仏混渚時代には、観世音菩薩が併桐されており、
その名残りとして、今日でも、観音像は宝物として安置、大吊鐘があるほか、
この鳥居と随身門には、卍が残されている。
Img_2198

体調も良くなり、お天気も良く、富士山の山頂も綺麗に見え楽しく巡ることができた。

バス停の「根岸」について保元・平治の乱(1156~1159)の際、源義賢と悪源太こと
源義平が図師原近辺で会戦、八幡宮の化身が現れ和睦したという。この時の
甲冑や矢の根などを埋めた所が「根岸」という。

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