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2013年2月 7日 (木)

葛飾柴又帝釈天~彫刻の寺院

はじめての柴又帝釈天    SHIBAMATA TAISHAKUTEN

前日の雪とはうって変わり3月の陽気との天気予報を信じ、かねてより
機会があれば訪れたいと思っていた葛飾柴又の帝釈天へ行ってきた。
先月中旬体調を壊し、歩ける内に早めに行っておこうという気持ちもある。

日暮里から京成で高砂、高砂で金町線でひと駅で京成「柴又」。
自宅から約2時間はやはり遠い。気軽に来れる距離ではない。
京成電車は海外旅行で成田空港や成田山新勝寺詣に日暮里から
利用したことはあるが、金町線は全く初めてである。

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小田急線や新宿から山手線は混んでいて座れなかったのに
日暮里から成田空港行き特急はがらがらで楽に座れた。
柴又駅を降り立つと「フーテンの寅さん」像が出迎えてくれ
一気に寅さんワールドに誘ってくれた。これは旅に出る寅さんが
妹さくらの居る方を振り返ったシーンをモチーフに制作されている。。
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帝釈天門前町
参道は朝が早いせいか参拝者、観光客は予想していたより少ない。
参道に入口近くに山田洋次直筆「フーテンの寅さん」石碑に
映画でおなじみのセリフが刻まれている。
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高木屋老舗
映画撮影時に休憩や衣装変えに部屋を貸したご縁でお付き合いされていた
だんご屋さん。それにしても看板が実に立派。

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漬物屋さん「丸仁」
テレビで紹介していた「ぶっかけ生姜」が気になってしょうがなくお土産に買ってしまった。(笑)

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参道の両側には名物の草だんごや塩せんべいを売る店、老舗のうなぎなど
川魚料理店などが軒を連ねている。参道の突き当たりに二天門が建ち、
正面に帝釈堂も覗いている。初柴又でも駅から何の迷いもなく来ることができた。

二天門
この二天門写真は境内から撮影したもの。入母屋造瓦葺の楼門で、
屋根は唐破風と千鳥破風で立派な門だ。柱上の貫などには浮き彫りの
装飾彫刻
が施されていて素晴らしい。左右には四天王のうちの増長天広目天
二天が安置されている。門は他に南天門あり。

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帝釈堂
二天門を入った境内正面。手前の拝殿と奥に内殿。ともに入母屋造瓦葺で、
拝殿屋根には唐破風と大ぶりの千鳥破風となっている。内殿は大正4年
拝殿は昭和4年の完成。内殿には帝釈天の板本尊を安置し、左右に四天王
のうちの持国天多聞天を安置されていて、四天王の揃い踏みである。
内殿外側には全面に浮き彫りの装飾彫刻が施されていて、
今回参詣の楽しみのひとつである。

瑞龍の松
拝殿の左前にある立派な松。横に広がり龍のごとしで名前の由来は推測できる。

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日蓮宗のお寺で正式名は経栄山題経寺(きょうえいざん だいきょうじ)。
江戸時代初期の寛永6年(1629)に、禅那院日忠および題経院日栄という
ふたりの僧によって開創。下写真は関東一と言われている大鐘楼で彫刻も見逃せない。

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彫刻ギャラリー
拝殿に靴を脱ぎ備えの袋に入れて持ち、左手内殿手前で彫刻ギャラリーと
邃渓園(すいけいえん)の共通の拝観料400円を支払いまず上から鑑賞。

帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも
法華経説話の浮き彫り10面の胴羽目板が有名。これは法華経に説かれる
代表的な説話10話を選び視覚化したもので、大正11年(1922)から
昭和9年(1934)にかけて10人の彫刻師が1面ずつ分担して制作されたもの。

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#1 塔供養の図 金子光晴

日月燈明佛の眉間から光が放たれ、仏国土で塔供養がさかんに行われている。法華経演説の前ぶれ
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#2 三車火宅の図 木嶋江運

羊・鹿・牛がひく三種の車を父親は子供たちを救出するために用意したもの。

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#3 慈雨等潤 石川信光

仏の慈悲深い教えはあまねく地上を潤す慈雨と同じ。
大地には緑溢れ花々が咲きほこり天人たちも楽園に舞い降りて来ました。

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#4 法師修行 横谷光一

インドでは法師たちは森の中や洞窟の中でひとり静かに修行しています。
虎や狼の危険があり、心淋しく修行は厳しいものだ。その修行者を
励ますために仏が立ち現れ象に乗った普賢菩薩が姿を現すのです。

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#5 多宝塔出現 石川銀次朗

法華経を信仰するところでは多宝塔が地面から涌き出してきて人々の
信仰を褒め讃えます。

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#6 千載給仕 加府籐正一

阿私仙という仙人が法華経という尊い教えを持っていました。
千年の間給仕のまことを捧げ時には仙人の腰掛けになりました。
法華経を知りたいための修行でした。

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#7 龍女成仏 山本一芳

法華経では女性が成仏できることを説示します。龍王の娘が波の上に
あって宝珠を仏にささげています。

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#8 病即消滅 今関光次

法華経は全世界の人々の病の良薬です。法華経を聞く幸運に恵まれたら、
不老不死の境地を得ることができるのです。

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#9 常不軽菩薩受難・法華経功徳  小林直光

常不軽菩薩は常に人を軽蔑しないという修行をしていましたが却って
迫害を受けました。法華経は寒さに火を得たように、子のところに
母親が来たように、渡りに舟を得たように救いの道を示すのです。

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#10 法師守護 加藤寅之助

修行する法師を天人も阿修羅も協力して守護するのです。

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彫刻は法華経説話の羽目板の上下にもびっしりあり、一部撮影したが
今回は割愛する。龍頭、鳥、花など素晴らしい彫刻がある。

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境内にこんなのもあります。

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邃渓園(すいけいえん)
大客殿前に広がる池泉式庭園で、昭和40年(1965)、向島の庭師永井楽山
設計によるもの。庭園への立ち入りは禁止されているが、周囲に設けられた
屋根付きの廊下から見ることができる。

 

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大客殿内に書画骨董の展示の他、帝釈堂法華経絵巻の原型彫刻も展示されている。

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廊下のガラス越し観賞だが、温かくガラス戸を開けて撮影させてもらった。お茶の用意も。

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上写真渡り廊下。右の竹と棕櫚縄での竹垣が美しくて、暫く見呆けていた。

池には鯉が泳いでいたが、温かかったからか蛙の姿も。

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帝釈天参詣後江戸川の土手まで歩き、矢切の渡し金町取水塔など寅さん記念館の上
柴又公園から眺めた。予報通り温かくマフラー手袋なしで大丈夫だったが、途中足が攣りそうになってだましだましゆっくり歩いた。

柴又駅備え付けラツクにあるマップ等配布資料と上記彫刻ギャラリーと邃渓園の拝観チケット

Photo

柴又帝釈天は映画の寅さんで余りにも有名だが、本日鑑賞させて頂いた
「彫刻の寺」、「庭園の寺」の側面はほとんど知らされていなように思える。

 

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