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2013年3月 6日 (水)

府中 大国魂神社~武蔵国の総社六所宮

武蔵国の総社六所宮 大国魂神社  OHKUNITAMA-JINJA shrine

武蔵国の総社大国魂神社は千九百年超の歴史を有するお社である。
大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)が祭神で素戔嗚尊(すさのうのみこと)
の御子神で国土を開拓され、衣食住の道を授け、医薬禁厭等の方法をも教え
この国土を経営された。第12代天皇である景行天皇御代41年(111)5月5日
大神の託宣により造られた。

本殿の両側に国内著名な六所(小野大神、小河大神、氷川大神、秩父大神、
金佐奈大神、椙山大神
)を奉祀しており六所宮(ろくしょぐう)とも称されていて、本殿は
一棟三殿の流造りという珍しいものである。

孝徳天皇(五九六-六五四)の御代に至り、大化の改新(645)のとき、
武蔵の国府をこの処に置くようになり、当社を国衙の斎場とし、国司が
奉仕して国内の祭務を総轄する所にあてられた。

天正十八年八月徳川家康が江戸に入城してからは武蔵国の総社であるため
殊に崇敬の誠をつくし、社領五百石を寄進され、社殿など造営につくされた

5月の例大祭は消灯して闇夜に御旅所に神幸され、「くらやみ祭」として
テレビでも報道され承知していたので、機会があればと予予思っていたもので
本日やっと実現したものである。

JR府中本町から歩くことにした。案内によると5分とある。
武蔵野線へ乗り換えたことは屢々あるが、下車したのは初めてである。

府中本町宿場案内石碑
甲州街道の宿場町であったこと六と九の日に市がたち賑わっていたことなど説明されている。

鳥居が見えてきた。予想より小さい。奥に東側の鳥居も見える。

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西鳥居を潜り参道を進むと左手に「手水舎」右手に真新しい「随神門」が見える。
ここまで出ると左手に奥に「大鳥居」も見えてくる。手水舎で手と口を
濯いでいると首に駆けていたカメラを濡らしてしまった。おバカさんです。

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随神門

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随神像は東京藝術大学が制作。

櫛磐間戸命(くしいわまどのみこと)

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豊磐間戸命(とよいわまどのみこと)
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随神門の裏側(本殿側)は大黒さま恵比寿さまの像

中雀門 

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拝殿

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拝殿右にひときわ目立つ「東京の地酒」が展示奉納されている。

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本殿 一棟三殿を楽しみにしていたが撮影は残念ながらできず、
しかし、偶々拝殿裏手の工事をしていて、拝殿左手の門が開いていたので
見ることはできた。撮影も可能ではあったが畏多く憚られた。
屋根のみ撮影させて頂いた。

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拝殿横にくらやみ祭りの潮汲みに関連すると思われる額
品川潮盛講世話人中」とある。

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中雀門と一体になった廻廊も美しい。

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拝殿横から本殿裏手をぐるりと一回りした。
住吉神社・鷲神社

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東照宮

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ご神木「大銀杏」と右「ムクロジ」 左は本殿。
イチョウのひこばえは切った方が本体には良いと思うがご神木のため
切れないのだろうか。根本にニナガイが生息しているそうな。

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本殿の屋根

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巽神社

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松尾神社
寛政十二年(1800)当地の醸造家の懇請により京都の松尾大社を勧請せられた。
醸造の守護神で酒、味噌、醤油、麹等の業者の信仰厚く霊験顕著と説明板にある。

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さざれ石
長い年月をかけ小石の隙間を炭酸カルシウム水酸化鉄が埋めてひとつの
岩の塊になったもの。「石灰質角礫岩」ともいう。伊吹山が主要産地。
先月行った鎌倉東慶寺にも国歌「君が代」に詠まれていると紹介していた。
当社では「石灰岩が雨水に溶解し膠結物質となり小粒石を凝結した石灰質
角礫岩で長年を経て小粒石が巌に団結し苔むす様は一家、町、国と集結し
幾千代まで栄え行く人間の協調発展の精神に比喩され、算賀を祝し長寿を
祈る嘉句として国歌や古今和歌集に詠まれている。」と石板に解説されている。 

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鼓楼

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神楽殿

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宝物殿 収蔵展示品の見学を楽しみにしていたが本日は閉館で残念。
帰宅後調べたら日曜、祝日、神社祭礼日に10時から16時まで開館。
入館料200円は神社のホームページで承知していたが、開館日については
特に記載なく、現地での案内もないのは不親切というものだ。

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鶴石と亀石

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御旅所

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大鳥居

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ご神木 欅の大木 

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大鳥居横駐車場の欅巨木、域内には松の木は一本も無い。松を植樹しても直ぐ枯れるそうだ。

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宮之咩(みやのめ)神社 安産祈祷を行なっている。安産のお礼に底の抜けた柄杓を納める。

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稲荷神社

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相撲場
八朔相撲祭がおこなわれている。八朔は八月朔日の略で天正十八年(1590)
8月1日に徳川家康が江戸城に入った日に当たる。これを記念して始まったのが、
五穀豊穣・天下泰平を祈る奉納相撲で、幕府からは領民の 体育を奨励する
ため水引幕が献納された。明治以後も旧四か町により伝統行事として
引き継がれ、現在でも、小学生を中心にした町内対抗リーグ戦を実施している。

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忠魂碑

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日露戦争記念碑

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ふるさと歴史館
国府跡発掘出土品の展示やくらやみ祭りの動画なども観られて
宝物殿を見学できなかった分をoffsetしてくれた。

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ふるさと歴史館展示 国府跡出土品国府役人が使用したと思われる硯

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くらやみ祭りについて動画でも解説してくれていて面白く拝見させて頂いた。

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馬場大門欅並木

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天然記念物石碑

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八幡太郎義家公之像
源頼義、義家父子が奥州平定の「前九年の役」の途次大国魂神社に
戦勝を祈願し平定後の泰平五年(1062)勝利の報賽として、神社に
欅の苗木千本を寄進したことに始まる。その後徳川家康による補植され
現在の姿となっている。

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京所道(きょうづみち)石碑
京所の中心を通る道で、甲州街道が開設される慶安頃(1648~52)まで
初期の甲州への道として重要な役割を果たした道で、名前の由来は京から
来た女性が住んでいた場所の近くにあった為という。

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国史跡武蔵国府跡-国衙地区- 

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宝物殿の神輿大太鼓徳川慶喜直筆額など見学できるのを楽しみにしていたが、
見学できず残念であった。昼食は大鳥居傍の老舗イタリアンでコース料理を頂いた。
分倍河原古戦場や上円下方墳熊野神社古墳などと宝物殿は次回の楽しみとする。

体調も良くて好天気にも恵まれ気持よく巡ることができた。(合掌)

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