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2013年8月

2013年8月26日 (月)

崇神7年(紀元前91年)創建武蔵御嶽神社~おいぬ様詣

武蔵御嶽神社~おいぬ様詣  MITAKE-JINJA shrine

犬と自分どちらが長生きできるかと飼い始めた愛犬は今年11月で15歳。飼い始め頃
一緒に走り回り遊んだ近所のワンちゃんの殆んどは今や亡くなり長老犬である。

二年前の夏食事ができなくなり一週間点滴で過ごすこととなり、家族も死を
覚悟をしたものだが、その後、足特に後ろ足が覚束ないものの何とか元気に過ごし
てきた。ところがこの夏水を飲んでも戻し、食事もとれなくなって病院で点滴。

今月は高尾山薬王院参拝を予定していたが、急遽御嶽神社大口真神社
愛犬が苦しまず寿命を生き切れますように祈願してくることにした。

澤乃井酒蔵豆腐懐石料理は家族で車で訪れており、直近では犬も連れてきて
川合玉堂美術館を訪れ、渓流沿いを散策し水遊びもしたものだ。今回は犬と老妻は
自宅で留守番。JR御嶽駅からバスでケーブル下、滝本駅からケーブルカーで御嶽山駅へ。

下写真はJR「御嶽駅」

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平日にも拘わらず夏休みのために家族連れで混んでいた。犬連れが多いと思っていたが
予想外に少ない。御嶽駅でのバスは乗りきれず急遽同時刻増便は有りがたかった。

御嶽神社は東京都青梅市にある神社。武蔵御岳山の山上に鎮座する。
櫛真智命などを祀る。中世以降、山岳信仰の霊場として発展した。
紀元前680年創建といわれる鹿島神社香取神社には敵わないが、
崇神天皇7年(紀元前91年)の創建とされている。

天平8年(736年)に行基蔵王権現を勧請したといわれる。文暦元年(1234年)
に大中臣国兼が荒廃していた社殿を再興し、以降は修験場として知られ、
関東の幕府や武士から多くの武具が奉納される。慶長10年(1605年)には
大久保長安を普請奉行として本社が、元禄13年(1700年)には弊殿と拝殿が
建立された。 

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登戸で南武線に立川で青梅線に、拝島で青梅行きに、青梅で奥多摩行きに乗り換え、
御嶽で西東京バスでケーブル下まで、バス停からケーブルの駅まで結構な勾配だ。

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ケーブル片道だけならSUICA可能だが、往復割引は享受できないので並んで
往復1090円切符を購入。御岳登山鉄道「滝本駅」標高407m。

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最大25度平均斜度22度は関東一とのこと。
途中眼下には参道があり徒歩で参拝する健脚が杉や檜の間から見えた。

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中間点

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約6分間で頂上駅標高830mに到着。展望台やお店に回る人が多かったが、それらには
見向きもせず左側の御嶽神社参道へ向かった。「御岳山」駅から徒歩25分で神社とのこと

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永劫に、御岳の宝、邯鄲の声』矢野稔 多摩動物園昆虫館初代館長の歌碑
邯鄲(カンタン)はよい声で鳴く秋の虫。ここ御岳は邯鄲の声が聞ける希少な場所で、
この声を聞くための会が開催される程。故事邯鄲の夢や枕は承知だが虫は・・・。

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途中レンゲショウマ開花の案内幟旗が沢山立っているがなかなかお目にかからない。
丸い玉の蕾で8月に咲く紫陽花「タマアジサイ(玉紫陽花)」が目立つ。

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立ち寄ってみようと思っていた「御嶽ビジターセンター」は月曜日定休日で残念。

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独特の御師(おし)住宅や宿坊38軒約160人が暮らしておられるそうな。

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更に奥へ行くと「シュウカイドウ(秋海棠)」が品よく沢山咲いている。

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トリカブト(鳥兜)」も参道沿いに咲いていたが、群生していないためか
頂上の御嶽神社を目指すのに余裕がないのか立ち止まって愛でる参拝者が少ない。

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黄色い花キンポウゲの仲間か花弁の先がギザギザ、改めて写真を見ると花弁4枚
七国山風致地区薬師池で観察した「クサノオウ」か?だとケシ科。

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参道から見上げた「神代ケヤキ(欅)」が貫禄、推定樹齢1000年、樹高約23m

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急坂を登り少し足にきたので土産物屋さん兼食堂で小休止。神代欅を正面に見える席に。

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神代ケヤキを見ながら山菜そばを頂いた。

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神代欅の根本には珍しい「キレンゲショウマ」も。「どうぞ写真撮って下さい」と
紹介している。東側の窓は全開されていて、風がここちよい。埼玉大宮のビル群、
茨城の筑波山も望めるとか。本日は残念ながらみえません。

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土産店8軒や宿坊25軒など商店街を抜けるともう目的の武蔵御嶽神社
左側手水には犬用柄杓も用意されている。階段右手にもレンゲショウマが咲いていた。

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階段の上は「随身門」 町田市矢部の箭幹(やがら)八幡宮にも随身門がある。

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随身とは平安時代以降、貴族の外出時に警護のために随従した近衛府の
官人のこと。日本の神道において、神を守る者として安置される随身姿の
像のことも「随身」といい「随神」とも書かれる。門守神(かどもりのかみ)、
看督長(かどのおさ)、矢大神・左大神とも言う。
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仁王門の仁王像を想定していた老夫婦が随身像に驚いていた。
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参道の両側に各地の信仰団体の「御嶽講(こう)」の石碑

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更に真新しい階段を苦しみながら登って行くと右手に宝物殿

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赤糸縅大鎧など国宝二点、他重要文化財が展示されている。

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宝物殿の前に畠山重忠の像 国宝の大鎧を奉納した武者の騎馬像
北村西望の作で昭和56年に建立された。鎌倉幕府創業の功臣
武勇の誉れ高く、その清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑」と讃えられた。
良識的、模範的な人間として『吾妻鏡』『源平盛衰記』『義経記』では、
模範的な武士として描かれ、流布本の『曽我物語』では曾我兄弟を讒言から
救う恩人として登場する。国分寺市の「恋ヶ窪」という地名の由来にもたしか
登場している。男性からも敬われ女性にももてるかっこいい益荒男だったんだね。

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もう一頑張り階段を上ると立派朱色の社殿。拝殿は五間社入母屋造、朱塗りで鮮やかに
彩られており、唐破風の向拝には彫刻がある。御岳山山頂929m。

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拝殿前の狛犬

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左狛犬の奥は社務所

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本殿
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玉垣内には二柱社、八柱社、北野社、巨福社、神明社等
八百万の神様をお祀りしているようだ。

一番奥が最大目的の大口真神社(おおくちまがみしゃ)
大口真神を祭る。御嶽神社の眷属である狼を祀っている。

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日本武尊の難を救ったとされる大口真神は『おいぬさま』
「おいぬ」から「老いぬ」で不老長寿の神とも

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常盤堅盤神社(ときわかきわ しゃ)(東京都指定有形文化財) 左手奥が大口真神社

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本社玉垣内本殿の向かって右奥。一間社流造で漆黒に塗られ荘厳な装飾が
施されており、美しく何をお祀りしているのか否が応でも関心をもってしまう。
諸国一宮祭神で旧本殿とある。成る程と納得。

このお社の右に「レンゲショウマ」の小群落があり丁度咲いていた。

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レンゲショウマ(蓮華升麻)は日本特産、キンポウゲ科。下向きの花で撮影は大変。

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花が蓮に、葉がサラシナショウマ(晒菜升麻)に似ているので、レンゲショウマ(蓮華升麻)
の名が付けられたとの由来。下向きの花は恥じらう乙女のようで愛おしくなる。

更に「ノコンギク」も鮮やかな紫色が美しい。

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私も紅い花ですと自己主張したという「ワレモコウ(吾亦紅)」も

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ツルニンジンのような釣鐘型の空色の花「ソバナ」も珍しい

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ホトトギス」注目されず人知れず咲いていた。

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ここから南西の山奥徒歩40分のところに日本武尊を祀る奥之院がある。
体力と帰りの時間を考えて今回は割愛することにした。

社務所にて御神符と犬形代を購入。形代(かたしろ)での祈祷法を神主さんに伺い
自宅で形代で犬をさすり、それを社務所に郵送すればお祓い祈祷して頂けるとのことだ。

帰りのケーブルカーとバスは子供会の団体とぶつかり牛々詰め。
電車は余裕で座れたが疲労で眠りそうになる。

弱気になっていた時、姉たちから父の享年までは頑張れと言われていた歳になった。
今日は誕生日だ。家族兄弟ほか活動のお仲間みんなには迷惑を掛けている。
我儘を通してくれたおかげでこの日を迎えることができたように思える。
一時のことを思うと考えられないことで、ただ只管感謝しかない。(合掌)

2013年8月16日 (金)

七国山でブルーベリー狩り&植物観察

七国山風致地区内野津田神社前でブルーベリー狩りをし、その後同じく七国山風致地区
内にある薬師池公園にて植物の観察撮影をして名残の夏を楽しんできた。

ブルーベリー園は先月初めて訪れて様子が分かっているが、盆休みの
可能性もあり閉園の場合は暑いけれど七国山風致地区の西奥一帯を歩く
つもりで出掛けた。薬師池公園北駐車場と大賀ハス田の間の道路を西へ
入り突き当りを北へ進むと左に野津田神社がある。
目的のブルーベリー園はその鳥居の前で受付で収穫用バケツを借りて
ブルーベリー園へ。

大きめのバケツが収穫しやすいというので3キロ用のバケツを借りた。
9時前だったが既に先客が数名おしゃべりしながら摘んでいる。道路をはさみ反対側の
神社の横を入ったところにも同経営のブルーベリー園があるそうだ。
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30分程度で結局1350グラムを収穫した。100グラムあたり130円で¥1,755.-
入園料なく、途中食べても良い。

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薬師池公園へ戻り大賀ハスはおとんど終わりかけている。咲いているのも小振りだ。
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池への途中「萩のトンネル」が自由民権の鐘の手前にある。
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既に開花し始めている。小さな秋を見つけてしまった。
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シオデ
シオデ(牛尾菜)の若い茎や新芽はアスパラガスに似た山アスバラガス呼ばれる。
和え物やてんぷらなどで食す。見た目は見えないがユリ科。
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実家の庭にもあった懐かしい花「ノコギリソウ
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オミナエシも美しい。 これも秋の七草。
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キキョウも同じく秋の七草
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ホウズキは一部実を地面に落として世代交代の準備をしている。
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ツリバナ」は可憐な花と実で好きだ。七国山緑地保全地域内でも観察している。
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自宅庭のあちこちでも咲き始めている「タカサゴユリ
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なんとなく懐かしい「ケイトウ
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ブルーベリーは1キロをジャム用に、残りはヨーグルトやサラダとして生食に。
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2013年8月 8日 (木)

史跡めぐり 猛暑の鎌倉南東部~報国寺、光明寺、逗子マリーナなど

鎌倉史跡めぐり第4回 8月 南東部  KAMAKURA

前日の猛暑をやり過ごしたものの、体調を心配する妻の声を背中で聞き流し計画決行。
昨年11月の鎌倉北東部、2月北西部と5月実施南西部は何箇所は何度か訪れ知っている
場所もあったが、今回の鎌倉南東部の神社仏閣は全て初めだ。

当初計画で①報国寺、旧華頂宮邸、浄妙寺、②杉本寺、常栄寺(ぼたもち寺)、
安養院、安国論寺、⑧長勝寺、来迎寺、五所神社、実相寺、⑥九品寺、⑤光明寺、
③逗子マリーナ、④小坪漁港
をリストアップしていた。

猛暑であり、体調も万全ではなく、途中退却もやむを得ずと気楽に出掛けた。
JR鎌倉駅で京急バスで「浄妙寺」バス停からスタート。ひとつ手前のバス停が
「杉本寺」だ。滑川沿いを少し下流へ歩きまずは報国寺へ。

①功臣山報国寺   
境内に竹林があり、「竹の寺」で有名。
1438年の永享の乱で敗れた鎌倉公方足利持氏の子義久がこの寺で自刃している。
報国寺入口
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門を入り左手の小さな庭。いい感じで期待が高まる。
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孟宗竹と石塔
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本堂の右手に迦葉堂、左手にかやぶきの鐘楼がある。
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拝観券の裏に印刷されている「由来記」によると
報国寺は建武元年(1334)に創建された。臨済宗・建長寺派の禅宗寺院です。開山は天岸慧広(仏乗禅師)、開基は足利家時(足利尊氏の祖父)です。本尊は釈迦如来坐像で、仏師宅間法眼作と伝えられています。他に開山仏乗禅師像1347年作や迦葉尊者像などを御堂に安置し、さらに開山の著書「東帰集」や開山使用の木印は鎌倉国宝館に保管されています。休耕庵という塔頭の跡に孟宗竹が生え、現在の「竹の庭」になりました。どうぞ心静かに御参拝下さい。 合掌

本堂の扁額
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迦葉堂
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若いカップルに人気らしく何組も。更に外国からの団体客も目立つ。
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本堂左社務所にて「竹の庭」拝観料を支払う。別料金で、抹茶と茶菓子が楽しめる。

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竹林の入口に木下利玄の歌碑
   「あるき来て もののふ果てし 岩穴の
              ひやけきからに いにしへおもほゆ

明治19年(1886)、岡山県に生まれ歌人。「白樺」には、短歌や小品を発表。
大正8年に鎌倉の大町に転入し、大正14年没。
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ここでひと休み。
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抹茶と干菓子 干菓子二個の内ひとつは既に口の中
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竹林の薄日の中にシュウカイドウ(秋海棠)が既に咲き始めていた。
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竹林に水音もし いとおかし。
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本堂裏にやぐら。これが木下利玄の歌に詠まれた岩穴のことか?
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本堂裏 美しい屋根に暫し見惚れる。
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キチジョウソウ(吉祥草)の花 これはラツキー!
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旧華頂宮邸と浄妙寺はスキップして杉本寺へ。

②大蔵山杉本寺
鎌倉最古仏地天台宗の寺734年(天平6年)行基が十一面観音を安置して創建
したのに始まると伝えられる。1189年(文治5年)堂宇が焼失しているが、
このとき観音像は自ら本堂から出て、境内に避難したと伝えられる。
その後、1191年(建久2年)には源頼朝によって再興されたという。

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バス通りに入口は狭いが「十一面杉本観音」の幟旗が沢山ありそれと知れる。
拝観料支払うと「本堂も入れるから是非お参り下さい」と勧められた。
階段の石が永年の参拝者により摩耗している。
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仁王門の力士像が網やガラス越しでなく直接見れるのが今や珍しい。
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本堂の観音堂への石段が摩耗が酷いのか通行止めとなっていて
すっかり苔むしている。

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左側の別の石段を登ると観音堂へ出る。途中陶器製聖徳太子像だろうか?。
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二日後(8/10)に「四万六千日大祭」とのことで檀家の方々手伝い立ち働いて居られた。
本堂中央に本尊お前立の十一面観音、右手には、毘沙門天、不動明王、観世音菩薩三十三応現身、左手には、新、十一面観音と地蔵菩薩二体、一番左にはおびんずる様など

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鐘楼
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ここまでで11時、昼飯をどうするか丁度バスがきたのでまずは鎌倉駅へ引き返す。
駅前バスターミナルでも「九品寺、小坪循環」なるバスがあり、リストアップの
九品寺、光明寺前でも停まるらしい。食事を考えて結局小坪まで行くことにした。
逗子マリーナへ行く老夫婦がマリーナへの道順を尋ねていて、マリーナへ。

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③逗子マリーナ
逗子マリーナは、神奈川県逗子市小坪の相模湾沿いにある複合施設であり、
敷地内にはマリーナ(ヨットハーバー)を中心に、マンション、レストラン、
スイミングプールなどが配置されている。敷地は逗子市小坪の岩礁を、
鎌倉霊園造成工事の残土を用いて埋め立てることで造成され、1971年開業。
椰子の木やソテツを街路樹としてリビエラの街に来たよう。

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④小坪漁港
マリーナ寄りに漁業協同組合。その裏側海に面して八大龍王社。
漁師の守り神で大崎の先端祠があり、 そこに行くには潮のひいてる時にしか
行かれないので漁協の裏にもお祀りしたのだろうか。
毎年1月2日は、八大龍王祭りがあり、ミカンを漁船から投げるそうな。

Img_3752 上漁港写真失敗作

カップルがバケツに禁止されている海胆を採り戻ってきた。大崎手前の岩礁。
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逗子マリーナのイタリアンも魅力だが、漁港入口の丸正魚店で食事した。
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十二時半頃で近く仕事しているらしいグループや観光客らしき女性グループや
老夫婦などで奥の畳の部屋を含め八割方埋まっている。丁度入口近くのテーブルが
空いたばかりらしく、終わった食器などが片付けられずに残っている。
魚中心にメニュー数多く驚かされる。刺身三点盛りとシラスおろしに
エビスビール黒の小瓶を注文した。
イカ、マグロにハマチの刺身、ひじきなど小鉢が3点、漬物と味噌汁にご飯だ。
刺身はボリュームもあり新鮮で美味しい。味噌汁はまずかったご飯はまずくはないが
太郎には多過ぎで殆ど残してしまったが他は完食。

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⑤天照山光明寺  
材木座にある浄土宗の大本山寺院。本尊は阿弥陀如来。
鎌倉四大寺にも数えられる(他は建長寺・円覚寺・遊行寺)。
寺伝によれば、開基は北条経時、開山は浄土宗三祖然阿良忠であり、
仁治元年(1240年)佐助ヶ谷に開創した蓮華寺を起源とし、寛元元年
現在地に移築し光明寺と改称したとされるが、『然阿上人伝』は鎌倉入を
正元元年(1259年)としており、疑問視されている
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室町時代には中興開山とされる祐崇上人によって復興された。
明応4年(1495年)には後土御門天皇より勅願寺に定められている。

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近世には、浄土宗の関東十八檀林の第一位の寺として栄えた。
山門の大きさは関東一。本堂は、現存する木造古建築では鎌倉で最も大きい建物
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本堂左蓮池と奥の大聖閣
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開山堂

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本堂右に庭園「三尊五相之石庭」があるが次回の楽しみとする。

⑥九品寺(くほんじ)   
神奈川県鎌倉市材木座にある浄土宗の寺院。山号は内裏山。本尊は阿弥陀如来。
この寺は、新田義貞が鎌倉幕府滅亡後に北条方で亡くなった者の菩提を弔うために、1336年(建武3年)風航順西を開山として創建したものと伝えられる。
寺宝のひとつに、義貞の直筆の「内裏山」、「九品寺」の額がある。
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この辺一帯では一番高いところで、ここに新田義貞が陣を置いた場所といわれている。
鎌倉では唯一の義貞が建立した寺
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⑦海潮山妙長寺
開山の日実上人は、伊豆で日蓮の命を救った漁師、舟守弥三郎の子
(一説には本人)であり、後に鎌倉を訪れた彼は沼浦に一堂を建立した。
これが妙長寺の始まりという。1878(明治11年)建立の鱗供養塔は、
鎌倉、逗子、三崎の漁師や魚商たちの手によるもの。

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作家泉鏡花が仮寓し、「みだれ橋」(のちに「星あかり」に改題)を著した。
『高野聖』などで知られる作家・泉鏡花は、1891年のひと夏をこの寺で
過ごした。その時のことを小説『みだれ橋』。
「・・・雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋といふ、法華宗の寺の、本堂に隣あった
八畳の、横に長い置床の附いた座敷で・・・」

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⑧長勝寺
蓮宗の寺院です。建長5年(1253),日蓮上人が鎌倉の松葉が谷に来て、
初めて草庵を結んだ所の一つです。この地の領主・石井長勝が日蓮上人に帰依し、
日除と名乗り、弘長3年(1263)にその邸内に寺を建てて、日蓮を開山にした寺である。
境内の法華堂は、創建当時の建物である。
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帝釈天大堂の前庭の高村光雲作の日蓮大聖人辻説法像

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鐘楼
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光明寺から長勝寺までは徒歩となり、猛暑もありかなり消耗した。長勝寺から
帰りのバス停までは足を引き摺り辛いものであった。今も右足に後遺症。

リストアップし事前に調べていた神社仏閣で行けなかった浄妙寺や安国論寺
などは、今後月を一ヶ月遅らせて12、3,6,9月実施予定に随時入れて巡る
こととする。今回は体調と時間を考え予定の半分しか訪ねることができな
かったが、予定していた4時半までに帰宅できた。

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