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2013年8月 8日 (木)

史跡めぐり 猛暑の鎌倉南東部~報国寺、光明寺、逗子マリーナなど

鎌倉史跡めぐり第4回 8月 南東部  KAMAKURA

前日の猛暑をやり過ごしたものの、体調を心配する妻の声を背中で聞き流し計画決行。
昨年11月の鎌倉北東部、2月北西部と5月実施南西部は何箇所は何度か訪れ知っている
場所もあったが、今回の鎌倉南東部の神社仏閣は全て初めだ。

当初計画で①報国寺、旧華頂宮邸、浄妙寺、②杉本寺、常栄寺(ぼたもち寺)、
安養院、安国論寺、⑧長勝寺、来迎寺、五所神社、実相寺、⑥九品寺、⑤光明寺、
③逗子マリーナ、④小坪漁港
をリストアップしていた。

猛暑であり、体調も万全ではなく、途中退却もやむを得ずと気楽に出掛けた。
JR鎌倉駅で京急バスで「浄妙寺」バス停からスタート。ひとつ手前のバス停が
「杉本寺」だ。滑川沿いを少し下流へ歩きまずは報国寺へ。

①功臣山報国寺   
境内に竹林があり、「竹の寺」で有名。
1438年の永享の乱で敗れた鎌倉公方足利持氏の子義久がこの寺で自刃している。
報国寺入口
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門を入り左手の小さな庭。いい感じで期待が高まる。
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孟宗竹と石塔
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本堂の右手に迦葉堂、左手にかやぶきの鐘楼がある。
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拝観券の裏に印刷されている「由来記」によると
報国寺は建武元年(1334)に創建された。臨済宗・建長寺派の禅宗寺院です。開山は天岸慧広(仏乗禅師)、開基は足利家時(足利尊氏の祖父)です。本尊は釈迦如来坐像で、仏師宅間法眼作と伝えられています。他に開山仏乗禅師像1347年作や迦葉尊者像などを御堂に安置し、さらに開山の著書「東帰集」や開山使用の木印は鎌倉国宝館に保管されています。休耕庵という塔頭の跡に孟宗竹が生え、現在の「竹の庭」になりました。どうぞ心静かに御参拝下さい。 合掌

本堂の扁額
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迦葉堂
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若いカップルに人気らしく何組も。更に外国からの団体客も目立つ。
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本堂左社務所にて「竹の庭」拝観料を支払う。別料金で、抹茶と茶菓子が楽しめる。

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竹林の入口に木下利玄の歌碑
   「あるき来て もののふ果てし 岩穴の
              ひやけきからに いにしへおもほゆ

明治19年(1886)、岡山県に生まれ歌人。「白樺」には、短歌や小品を発表。
大正8年に鎌倉の大町に転入し、大正14年没。
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ここでひと休み。
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抹茶と干菓子 干菓子二個の内ひとつは既に口の中
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竹林の薄日の中にシュウカイドウ(秋海棠)が既に咲き始めていた。
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竹林に水音もし いとおかし。
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本堂裏にやぐら。これが木下利玄の歌に詠まれた岩穴のことか?
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本堂裏 美しい屋根に暫し見惚れる。
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キチジョウソウ(吉祥草)の花 これはラツキー!
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旧華頂宮邸と浄妙寺はスキップして杉本寺へ。

②大蔵山杉本寺
鎌倉最古仏地天台宗の寺734年(天平6年)行基が十一面観音を安置して創建
したのに始まると伝えられる。1189年(文治5年)堂宇が焼失しているが、
このとき観音像は自ら本堂から出て、境内に避難したと伝えられる。
その後、1191年(建久2年)には源頼朝によって再興されたという。

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バス通りに入口は狭いが「十一面杉本観音」の幟旗が沢山ありそれと知れる。
拝観料支払うと「本堂も入れるから是非お参り下さい」と勧められた。
階段の石が永年の参拝者により摩耗している。
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仁王門の力士像が網やガラス越しでなく直接見れるのが今や珍しい。
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本堂の観音堂への石段が摩耗が酷いのか通行止めとなっていて
すっかり苔むしている。

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左側の別の石段を登ると観音堂へ出る。途中陶器製聖徳太子像だろうか?。
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二日後(8/10)に「四万六千日大祭」とのことで檀家の方々手伝い立ち働いて居られた。
本堂中央に本尊お前立の十一面観音、右手には、毘沙門天、不動明王、観世音菩薩三十三応現身、左手には、新、十一面観音と地蔵菩薩二体、一番左にはおびんずる様など

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鐘楼
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ここまでで11時、昼飯をどうするか丁度バスがきたのでまずは鎌倉駅へ引き返す。
駅前バスターミナルでも「九品寺、小坪循環」なるバスがあり、リストアップの
九品寺、光明寺前でも停まるらしい。食事を考えて結局小坪まで行くことにした。
逗子マリーナへ行く老夫婦がマリーナへの道順を尋ねていて、マリーナへ。

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③逗子マリーナ
逗子マリーナは、神奈川県逗子市小坪の相模湾沿いにある複合施設であり、
敷地内にはマリーナ(ヨットハーバー)を中心に、マンション、レストラン、
スイミングプールなどが配置されている。敷地は逗子市小坪の岩礁を、
鎌倉霊園造成工事の残土を用いて埋め立てることで造成され、1971年開業。
椰子の木やソテツを街路樹としてリビエラの街に来たよう。

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④小坪漁港
マリーナ寄りに漁業協同組合。その裏側海に面して八大龍王社。
漁師の守り神で大崎の先端祠があり、 そこに行くには潮のひいてる時にしか
行かれないので漁協の裏にもお祀りしたのだろうか。
毎年1月2日は、八大龍王祭りがあり、ミカンを漁船から投げるそうな。

Img_3752 上漁港写真失敗作

カップルがバケツに禁止されている海胆を採り戻ってきた。大崎手前の岩礁。
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逗子マリーナのイタリアンも魅力だが、漁港入口の丸正魚店で食事した。
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十二時半頃で近く仕事しているらしいグループや観光客らしき女性グループや
老夫婦などで奥の畳の部屋を含め八割方埋まっている。丁度入口近くのテーブルが
空いたばかりらしく、終わった食器などが片付けられずに残っている。
魚中心にメニュー数多く驚かされる。刺身三点盛りとシラスおろしに
エビスビール黒の小瓶を注文した。
イカ、マグロにハマチの刺身、ひじきなど小鉢が3点、漬物と味噌汁にご飯だ。
刺身はボリュームもあり新鮮で美味しい。味噌汁はまずかったご飯はまずくはないが
太郎には多過ぎで殆ど残してしまったが他は完食。

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⑤天照山光明寺  
材木座にある浄土宗の大本山寺院。本尊は阿弥陀如来。
鎌倉四大寺にも数えられる(他は建長寺・円覚寺・遊行寺)。
寺伝によれば、開基は北条経時、開山は浄土宗三祖然阿良忠であり、
仁治元年(1240年)佐助ヶ谷に開創した蓮華寺を起源とし、寛元元年
現在地に移築し光明寺と改称したとされるが、『然阿上人伝』は鎌倉入を
正元元年(1259年)としており、疑問視されている
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室町時代には中興開山とされる祐崇上人によって復興された。
明応4年(1495年)には後土御門天皇より勅願寺に定められている。

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近世には、浄土宗の関東十八檀林の第一位の寺として栄えた。
山門の大きさは関東一。本堂は、現存する木造古建築では鎌倉で最も大きい建物
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本堂左蓮池と奥の大聖閣
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開山堂

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本堂右に庭園「三尊五相之石庭」があるが次回の楽しみとする。

⑥九品寺(くほんじ)   
神奈川県鎌倉市材木座にある浄土宗の寺院。山号は内裏山。本尊は阿弥陀如来。
この寺は、新田義貞が鎌倉幕府滅亡後に北条方で亡くなった者の菩提を弔うために、1336年(建武3年)風航順西を開山として創建したものと伝えられる。
寺宝のひとつに、義貞の直筆の「内裏山」、「九品寺」の額がある。
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この辺一帯では一番高いところで、ここに新田義貞が陣を置いた場所といわれている。
鎌倉では唯一の義貞が建立した寺
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⑦海潮山妙長寺
開山の日実上人は、伊豆で日蓮の命を救った漁師、舟守弥三郎の子
(一説には本人)であり、後に鎌倉を訪れた彼は沼浦に一堂を建立した。
これが妙長寺の始まりという。1878(明治11年)建立の鱗供養塔は、
鎌倉、逗子、三崎の漁師や魚商たちの手によるもの。

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作家泉鏡花が仮寓し、「みだれ橋」(のちに「星あかり」に改題)を著した。
『高野聖』などで知られる作家・泉鏡花は、1891年のひと夏をこの寺で
過ごした。その時のことを小説『みだれ橋』。
「・・・雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋といふ、法華宗の寺の、本堂に隣あった
八畳の、横に長い置床の附いた座敷で・・・」

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⑧長勝寺
蓮宗の寺院です。建長5年(1253),日蓮上人が鎌倉の松葉が谷に来て、
初めて草庵を結んだ所の一つです。この地の領主・石井長勝が日蓮上人に帰依し、
日除と名乗り、弘長3年(1263)にその邸内に寺を建てて、日蓮を開山にした寺である。
境内の法華堂は、創建当時の建物である。
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帝釈天大堂の前庭の高村光雲作の日蓮大聖人辻説法像

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鐘楼
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光明寺から長勝寺までは徒歩となり、猛暑もありかなり消耗した。長勝寺から
帰りのバス停までは足を引き摺り辛いものであった。今も右足に後遺症。

リストアップし事前に調べていた神社仏閣で行けなかった浄妙寺や安国論寺
などは、今後月を一ヶ月遅らせて12、3,6,9月実施予定に随時入れて巡る
こととする。今回は体調と時間を考え予定の半分しか訪ねることができな
かったが、予定していた4時半までに帰宅できた。

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