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2013年9月17日 (火)

信州の鎌倉・塩田平ひとり旅~その1 常楽寺安楽寺北向観音

信州の鎌倉・塩田平ひとり旅~その1 常楽寺安楽寺北向観音 SHIOTA-DAIRA

西武と共同運行されている千曲バス池袋東口発7時40分定刻の11時32分に終点の
長野県上田市別所温泉に到着。台風一過爽やかな秋空が広がる好天であり幸先
よいスタートである。

早速「観光マップ」を求めたところ強面男性が
下の「別所温泉ガイドマップ」に「現在地がここでまず常楽寺へ行き、
次に安楽寺へ回りそれから北向観音へ」とそれぞれ赤鉛筆でマーキングして
説明してくれた。尋ねたいと思っていたことを先に言われてしまった。
質問する客が多いらしく流石に慣れたものだ。

Photo

常楽寺へのルートの中間点道路の両側に小さな祠がある。小宇ながら
余りにも立派な造りに足が停まる。御堂の前にこれまた立派な屋根付き解説板が
設置されているが残念ながらその文字が消えていて読めない。

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ガイドマップによると「仁王堂

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御堂の中を見ると立派な仁王像が一体。道路をはさみ一対なのが理解された。
常楽寺を守護する仁王門の位置づけなのだろうか?

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常楽寺
天台宗別格本山北向観世音本坊、北向観世音をお守りする本坊ということ。

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平安時代初期天長二年(825)比叡山延暦寺座主慈覚大師円仁により開創。
別所三楽寺(長楽・安楽・常楽)と呼ばれ「信州の学海」と言われる程
別所が仏教・学問の中心であった。安楽寺の実質的な開山である樵谷惟仙
ここ常楽寺で仏教の教えを学んだという記録もあるそうだ。

本堂は茅葺寄棟造り正面中央に向拝が突き出ている。重厚感がある。

御船の松
樹齢300年、長さ18.2m、長さ18.2m、幅10.3m、高さ6.2m、幹周り12.5m帆を張った船の様

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石造多宝塔 国の重要文化財
北向観世音様が出現した所、高さ2m85cm安山岩。

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二重の笠石と亀腹を備えており基本的に木造多宝塔と同じ。
軒と角隅は強く反っていて鎌倉時代の特色を顕している。

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弘長二年(1262)当寺二二世住持頼真が一切経を納める納経塔
として建立したことが銘文として刻まれている。

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美術館での鑑賞を楽しみにしていたが、照明も消えて入口も閉まっていた。
後で確認したら、法務所に言えば開けてくれるらしい。
ひとりだけなので、申し訳ない気持ちになり、次へ進むことにした。

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美術館へ行かなかったので、予定外だが途中その入口が見えた別所神社へ行った。
参道は山道で急坂、階段もきつい。

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階段を上ると拝殿が右は神楽殿。

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奥の本殿 熊野神社本殿と同じ「一間社隅木入り春日造」、彫刻も華やかで見事さに
見とれてしまう。「波と蛙股」は他に例が無い貴重なもの。汗かき上って来たかいあり。

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神楽殿に自転車で来ている男性がひとりラジオを聞いている。
元の場所に戻り「さるすべりの小道」を安楽寺へ向かう。
成る程「サルスベリ」の白い花が丁度咲いていて綺麗だ。トンボも飛んでいる。

途中塩田平を一望できる展望台がありひと休みし絶景を楽しむ。
「上信越国立公園の峰々」の案内が描かれている。

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安楽寺
鎌倉時代中期にはすでに相当の規模を持つ禅寺で信州の学海の中心。
北条氏の庇護により栄え多くの学僧を育てた。
1333年鎌倉幕府滅亡後は寺運も傾いたものの、鎌倉時代の文化遺産を
蔵し信州最古の禅寺のおもかげを残している。

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国宝「八角三重塔
本堂左手で拝観料を納めて階段を上った先にある。八角の塔は珍しい。四重塔ではないかとの疑問があったが、説明板によると初層は庇に相当する裳階(もこし)とのことだ。

北条氏の供養塔として建てられたものと考えられているそうだ。

奈良文化財研究所埋蔵文化財センターの調査によると三重塔用材の伐採年代は
正應二年(1289)と判明、1290年代の鎌倉時代末期には建立されたと推定されている。
我国最古の禅宗様建築であることが証明された。

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場所を変えて様々な角度で見てみる。お参りは仰ぎ見てするもので眺め下ろすのは禁忌。
太陽光の位置もあり、皆さん撮影に苦労されている。少し高い位置から撮影させて頂いた。

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本堂前の御堂の十六羅漢はそれぞれ顔の表情など面白い。その隣高野槇も立派だ。

時計を見たら13時を過ぎでいるが空腹感なく食事は後にすることにした。
七草の湯の横を通り音を立てて流れる湯川を渡り北向観世音の参道へ。

現世利益の北向観世音
長野市の南向きの善光寺と向き合っている。善光寺が未来往生に対し
こちらは現世利益の功徳があると言われていて、両者で一体で両方に
参拝しないと「片参り」と言われる。別所温泉に宿泊して早朝北向観世音で
護摩を焚いてから善光寺に行くのが両詣りとなり、現世来世の幸福と安楽が
約束されということだ。

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境内には映画で有名になった「愛染かつら」の大木がある。
植物学名に「アイゼンカツラ」というのは無い。単に「カツラ(桂)」である。
作家川口松太郎が別所温泉を訪ねた折、北向観世音の愛染堂と境内の桂の木を
結びつけた造語だそうだ。樹齢1200年の霊木。

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主人公の医師に思いを寄せる女性に「この木は昔から「愛染かつら」と言われ
この木につかまりながら恋人同士が誓いを立てると将来必ず結ばれる・・・」
この映画の大ヒット以来縁結びの霊木として親しまれている。

北原白秋歌碑 

  観音の この大前に 奉る 絵馬は信濃の 春風の駒

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大正12年別所温泉を訪れ百数十首の短歌を詠んでいる。
宿で配布資料に「百数十首俳句」とありネット上にも氾濫してるがこれは間違いだ。

花柳章太郎供養碑 新派の名優・人間国宝 花柳章太郎(1894~ 1965)の供養碑。

   北向にかんのん在す 志ぐれかな  章太郎

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この地に来たことがないはずの芭蕉の句碑もある。

  観音の いらや見やりつつ はなの雲

童謡「夕焼け小焼け」で有名な中村雨紅の碑は元善光寺住職により建立。

江戸狂歌師四方歌垣真顔の歌碑も。

 また外に たくい七久里 やく力もわきてたへなる 本湯なりけり

愛染堂
手が六本「愛染明王」が安置されている。

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境内からの眺めもいい。塩田平を一望できる。 

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夫婦杉 夫婦円満の木
野倉の「夫婦道祖神」と共にご夫婦連れに推奨のコースだとか。

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以下翌朝シャトルバスに乗る前に撮影したものでまず水車、近くの東屋で親子連れと交流。

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高速バス終点「将軍塚駐車場」の北東にある将軍塚
平維茂の墓とされている。鬼女紅葉を討ち取った平安中期の武将。
別所村が疫病が流行ったとき、この塚に埋められた維茂の財宝で
救われたと言われている。

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七苦離堂(ななくりどう)
別所温泉は昔から七久里の湯と呼ばれいる。ヤマトタケルノミコトが
東国征伐の帰路、七カ所温泉を開き入浴されたところ七つの苦難から
解放
されたことから「七久里」と名付けられたと云われている。
新しく綺麗な御堂で、近年常楽寺が建立したとのことだ。

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上田電鉄別所線「別所温泉駅

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丸窓電車 モハ5250
昭和2年上田電鉄最初の新造車輌として日本車輌会社にて3両製造されたもので、
ドアの戸袋の窓が縦長楕円形で「丸窓電車」の愛称で親しまれ塩田平を走って
いたが昭和61年5000形導入と共に引退した。

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