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2013年9月14日 (土)

金井の獅子舞~市無形文化財芸第1号指定50周年

金井の獅子舞は案内ポスターを見るたびに見ておきたいと思いながら
現役時はゴルフが予定されていたり、リタイアしたらの思いもリタイア前から
始めた自然保護団体に入会しそのボランティア活動日とぶつかったり直ぐに役員になり
季刊誌編集を任されしたため実現していなかった。団体の退会により今年やっと実現した。

金井八幡神社は旧金井村の鎮守としてこの地域の人々の信仰を集めている。
「新編武蔵風土記稿」にも記載されており、室町時代初期には存在していたと思考され
400有余年の歴史を持つ神社である。ご神体は応神天皇

古獅子頭つまり平角の雄獅子宝冠の雌獅子丸角の雄獅子の三体が社宝として
伝えられている。この獅子舞は名主神蔵太兵衛が亨保六年(1721)民生の安定を
図るため八幡神社に奉納したもので、現在まで伝承されてきたもので、関東一円でも
もっとも形式が整ったものとされている。

獅子頭は旱魃に備えて雨乞いの願いを込め水を司るととされる龍頭となつている。

金井の獅子舞保存会」発行ガイドブックによると奉納の年については「寛文年間」と
あるつまり1661年~1672年となる。

獅子舞は稲作に重要な雨乞いの祈りのようだ。龍は水辺で遊び天に舞い上がり
雨を降らす。この龍のお守りをするのが河童といわれている。金井の獅子舞では
この河童の面を被った「幤追い」が三匹の獅子の間に入り行司の役目をしている。
手には軍配を持つている。腰には「飲む、打つ、買う」を表す「瓢箪、骰子、男根」を
下げて舞っている。神社への伝令役も担っていて道行の一行が境内に到着するまでに
斥候として三回往復する。

Img_3877

早めに夕食をとり出掛けようと思っていたが老犬介護に手間取り六時過ぎと
なってしまった。入口近くで犬を介した知人が氏子役員で居られたので
軽く挨拶して本殿前へ急ぐ。既に巫女さんの舞が始まっている。階段を上った左に
立派な神楽殿があるのに、右に仮設の舞台が造られてそこで舞っている。

Img_3883

獅子舞は神楽殿の前に相撲の土俵のように丸く整備され、その回りを四角く
竹、縄と御幣で清められている。獅子舞一行は獅子は三頭だがその河童の面を
被った幤追いの他、「金井獅子舞」の幟を持って先陣をきる「旗持ち」、竹骨に
五色五弁の造花を取り付けた「傘鉾」、大団扇を持ち見物人に「ウォー」と奇声を
あげる「天狗」、特別の冠と袍を着用した「神主」、菅笠に裃を着用し袴に大小の
刀を差した侍姿の「警護役」2名、半纏股引着用し手に錫杖を持ち大地を突き鳴らす
金棒引き」2名、振り袖姿で頭に四角く花柄の冠をつけ、水音を表すという
穢れ無き娘の「ささら摺り」4名、大太鼓3名、貝吹き2名、歌い手4名
笛吹き4名と29名のクルーとなる。ささら摺りや金棒引きは子供だ。

獅子舞は古来からの電灯に則り、篝火の灯りの下実施とのことで電灯照明は
消されたり減灯されて雰囲気としては素晴らしい。しかし撮影には辛い。
土俵のような中央の丸い舞台で演じるのは雌獅子1頭と雄獅子2頭に幣追いで
雌獅子を雄獅子2頭が取り合いをするその行司役を幤追いがやり、
「雨が振りそうだからと仲良く天に帰ってゆく」のを表しているそうだ。

Img_3885

雨乞いのほか、人生の教訓の舞、五穀豊穣、悪魔祓いの神事の舞などもある。
翌朝木倉川と金井川の水源と鶴見川に合流する辺りで実施されるとのことだが
折からの18号台風来襲が予想されているので参列予定だったが残念だ。
来年は準備していい写真を撮りたいものだ。獅子頭の撮影ができていない。
下は幻想効果を狙った霧発生装置?

Img_3890

17日18日の信州の鎌倉「塩田平」は台風一過好天を期待している。

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