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2013年11月15日 (金)

町田市能ヶ谷 武相荘再訪 2013秋

武相荘 町田市指定史跡

公開当初10年程前に妻と来て以来二度目の訪問である。鶴川駅近くで用事があったが、
小一時間待てば改めて来なくていい用向きがあり、待ち時間を利用しての訪問となった。

町田市能ヶ谷にある白洲次郎・正子夫妻の旧邸宅。
現在は「旧白洲邸・武相荘」として、記念館・資料館となり一般公開されている。
館長は白洲夫妻の長女・牧山桂子様。「武蔵の国と相模の国の境に位置する」事と
「無愛想」を掛けて「武相荘」の名にした由。

10代思春期までを神戸市で、結婚して40代から町田市で過ごしていることが
白洲次郎と無為庵太郎との共通点であり個人的に親しみを覚えていた。

世田谷通り鶴川駅東口を左へ鶴川街道を北へ鶴川二小交差点の先
ユニクロ鶴川店の先の道を左坂道を上った突き当りである。鶴川街道沿い
ユニクロの駐車場入口で警備員さんが「武相荘へいらっしゃるのですか」と
声を掛けてくれ案内してくれた。再訪問で場所は承知しているけれど気分いい。
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門の左に設置された「旧白州邸 武相荘」。鉄製で赤錆が雰囲気を出してる。

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受付&ショップ 2階はビデオサロン

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パンフレットと入場券 

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休憩処

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次郎17歳神戸一中在学時に父親白洲文平から買い与えられた米車同型車。

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1916年フリートウッド製ペイジSix-38 5座席ツーリングカー。5座席ながらスポーティ仕立て
2008年~09年NHKドラマスペシャル「白洲次郎」 (確か俳優伊勢谷友介が好演して
英語の発音も綺麗で印象に残っている。)の撮影時に英国のヴィンテージ スポーツカー
クラブの協力を得て輸入したものだそうだ。

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野人次郎
白洲次郎は戦後の新憲法制定に深く関わり、東北電力会長としても活躍。
兵庫県生まれ、ケンブリッジ大に留学、戦後吉田茂に請われてGHQとの
折衝にあたり、そのGHQをして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめている。
晩年までポルシェを乗り回し、遺言は「葬式無用、戒名不用」は
是非見習いたいことである。神戸一中同級生今日出海は「野人」と評している。

韋駄天正子
白洲正子は美術評論家・随筆家として読売文学賞受賞している。
樺山伯爵家の次女、幼児より能に親しみ、14歳で能舞台に立つ。ハーバード大へ
留学し、帰国後互いに一目惚れで結婚。小林秀雄青山二郎らと親交あり、
文学と骨董の世界へ。足を運び自分の眼で見て執筆するスタイルを貫いた。

戦況の悪化による空襲や食糧難を予測して農地の付いた郊外の家を探しており、
当時の使用人の縁で購入した。能楽好きの正子にとってこの地が能ヶ谷だった
ことが大きいとの説を聞いたことがある。

長屋門

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戦況の悪化に伴い1943年5月に正式に転居。自給自足の農民生活を始める。
次郎41歳、正子33歳だった。以後の次郎は終戦まで専ら農作業に勤しんだ。
当時から次郎は「カントリージェントルマン」を自称。ギャラリーに
家人に頼まれて次郎が手作りしたというアイロン台、郵便受け、パン切り板
パン貯蔵箱など微笑ましい展示物もあった。

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第1ギャラリーは萱葺き屋根の母屋の殆んどを使用されている。
入口で靴を脱いで備え付けの手つき袋に入れて持って鑑賞するシステム。
大きな甕に生けた柑橘類が出迎えてくれた。

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母屋のほとんどが展示場になっていて、調度品としての陶器、正子の着物
本棚の図書図鑑なども興味深く見せて頂いた。

ウッドデッキは第1ギャラリーの出口

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第2ギャラリーであるはずのない米軍軍票 

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サンフランシスコ講和条約吉田茂による受託原稿
朝日新聞は「不思議な巻物の勧進帳」、外国人記者は「トイレットペーパー」と評した面白い。

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昭和天皇からお茶会への招待状

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白洲次郎が吉田茂の「側近」と言われていたが、実は24歳の年齢差があり、幼少よりの
知り合いで吉田茂を「おじさん」と読んでいたことなど興味深く資料拝見した。

庭も趣があり落ち着ける。自然に近い形で楽しんでいたのだろうと思われる。
成り上がりが金を掛けて庭師に頼んで贅を凝らしているのとは違っている。
四季折々の野趣に富んだ植物と鳥や蝶昆虫などと共生していそうだ。

第1ギャラリー出口のホトトギスの一叢。一部花が残っている。

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地蔵尊石造が庭の中にあり全く違和感が無い。

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遊び心が楽しくなる「道祖神」

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「鈴鹿峠」石碑、峠を越えたら何があるかワクワク。

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庭を歩いていると名前は分からないが綺麗な鳥の鳴き声が聞こえてくる。
乾燥した明るい林内によく見られるコウヤボウキ(高野箒)が丁度満開だ。
毎年七国山風致地区内緑地保全地域で見掛けていたもので、
なんだが懐かしい人に会ったような気分になる。高野山で茎を束ねて
箒の材料としたそうで、名前の由来となっている。

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散策路

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イロハモミジの紅葉も

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クマザサ(隈笹)もいい。湿地を好むが乾燥地のせいか小ぶりのようだ。

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予定外の訪問でバッグにはコンデジしかなく残念。最後に教育委員会による解説板

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