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2014年5月14日 (水)

深川のお不動さんと八幡さま参詣 昼食は深川めし&丼

真言宗智山派成田山新勝寺東京別院

東京メトロ門前仲町からスタート。十五年程前になるか勤務先役員の葬儀以来である。
深川不動は、江東区富岡にある真言宗智山派成田山新勝寺の東京別院で通称深川不動尊。
大手町で東西線に乗換えたが後ろに乗ったため、ホームを前方に歩るくことになった。
地上に出ると直ぐに「成田山 深川不動堂」の赤い門が出迎えてくれる。
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人情深川ご利益通り。

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深川丼の「六兵衛」

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江戸時代人気歌舞伎役者の市川團十郎が不動明王が登場する芝居を演じたご縁から、
成田山不動明王の拝観気運が高まった。元禄16年(1703)成田不動の出開帳が富岡八幡の
別当永代寺で開かれた。これが深川不動堂の始まりである。

成田不動の出開帳は安政3年(1856年)まで12回行われたが、11回が深川永代寺で開催
された。永代寺は明治維新後の神仏分離令により廃寺となり、旧境内は深川公園と
なった。明治11年(1878)に現在の場所に成田不動の分霊を祀り、「深川不動堂」として
存続することが認められた。

本堂は関東大震災・東京大空襲と二度にわたって焼失したが、本尊は焼失を免れた。
永代寺は門前にあった塔頭・吉祥院が明治29年(1896)に再興され名跡を継いだ。
地名「門前仲町」は「永代寺の門前町」という意味である。
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旧本堂
前本堂が東京大空襲で焼失した後、千葉県本埜村の龍腹寺の堂を移築したもの。
昭和25年(1950)に移築が完了、現在は丈八の「おねがい不動尊」が安置されている。

おねがい不動尊に心願成就をお願いし、繋がっている左の本堂へ

本堂
旧本堂の西側に外壁に不動明王真言の梵字を散りばめてある建物。

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旧本堂の左手から靴を脱ぎ袋に入れて堂内へ。丁度護摩供養の読経と太鼓の音が本堂
全体に響き渡り、音波振動が身体にも伝わってくる。正面に階段状椅子席もあるが
右手からよく見えそうでそこに正座してしばし合掌した。護摩供養終了後に供養を
行っていた六人の僧侶のひとりが瞑想の勧めを説く法話をしてくれた。

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本堂は開創310年を期に平成23年(2011)に完成したばかり。旧本堂より本尊不動明王像及び
脇侍の二童子像、四大明王像を遷座されている。御護摩浄塩を二袋頂戴した。

内仏殿
旧本堂裏手にある4階建の建物。開創300年を期に平成12年に完成したもの。
1階に不動明王立像などの仏像、2階には四国八十八箇所の巡拝所もある。

永代寺 略縁起

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神仏分離令によって永代寺は廃寺。現在の永代寺は、1896年(明治29年)に再建されたものとのことだ。

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深川公園 富岡八幡宮別当永代寺跡碑

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売店で写経時に焚いている「沈香」を購入した。御朱印は境内へ入り右手おみくじ売り場の左奥にて受付。

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富岡八幡宮は、東京都江東区富岡にある八幡神社。別名を「深川八幡」。
建久年間に源頼朝が勧請した富岡八幡宮(横浜市金沢区富岡)の直系分社である。
大相撲発祥の地としても有名である。。

大鳥居

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巨大石灯籠

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    主祭神
        応神天皇(八幡神)
    相殿神
        神功皇后
        仁徳天皇
        天照皇大神
        常磐社神
        武内宿祢命
        日本武尊
        天児屋根命
        竈大神
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寛永4年(1624)長盛法師が神託により砂州であった当地を干拓し、永代島に八幡宮を
建立したことが創建とされる。横浜市の富岡八幡宮の八幡宮明細帳に波除八幡の異名を
もつ富岡八幡宮を分霊したとの記録が残る。創建当時は「永代八幡」と呼ばれ、砂州の
埋め立てにより60,508坪の社有地があった。

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八幡大神を尊崇した徳川将軍家の保護を受け、庶民にも「深川の八幡様」として親し
まれた。広く美麗な庭園は人気の名所であったという。

なお、長盛法師は同じ地に別当寺院として永代寺も建立している。

明治維新後の社格は、准勅祭社とされ、同制度の廃止後は延喜式神名帳に記載がないため府社とされたが、皇室の尊崇を受け続けた。

社殿

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社殿は、1683年(天和3年)に焼失し、元禄16年には地震により損壊し、 1923年の
関東大震災でも損壊し、さらに空襲でも被害を受け、再建や修復を繰り返した。
現在の社殿は1956年(昭和31年)に造営され、鉄筋コンクリートを使用した、
「重層型準八萬造り」となっている。

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御朱印は拝殿右手にて受付

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末社
七渡神社・粟島神社 - 七渡神社は七渡弁天と親しまれる地主神で、八幡宮が創祀
される以前から祀られている。

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車析社・客神社、野見宿禰神社 - 江戸勧進相撲発祥の地であることから、相撲の始祖である野見宿禰を
祀っている。  住吉社、   聖徳太子社、   天満天神社、     祖霊社・花本社
花本社は深川にゆかりの深い松尾芭蕉を御祭神としている。

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永昌五社稲荷神社

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        鹿島神社・大鳥神社
        恵比須社・大黒社 - 恵比須社は深川七福神の恵比須さまである。
        富士浅間社・金刀比羅社

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本殿左にある手水所は趣がある。石鎚山の「伊予の青石」と呼ばれる銘石だとか。

  谷川の清き流れを今ここに 見る心地して 口すすぐなり

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昭和天皇の記念碑

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    社殿が空襲を受けた後の1945年(昭和20年)3月18日、被災地を視察した昭和天皇が侍従長・藤田尚徳に「今度の場合、はるかに無残な感じだ。コンクリートの残骸などが残っているし、一段と胸が痛む。悲惨だね。侍従長! これで東京もとうとう焦土になったね」と語ったことを記念したものである。

伊能忠敬の銅像
江戸時代の測量家である伊能忠敬は、当時深川界隈に居住し、測量に出かける際は、安全祈願のため富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、2001年(平成13年)に当社境内に銅像が建立された。

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力持碑 東京都指定無形民俗文化財(民俗芸能)、江東区登録無形民俗文化財(民俗芸能)に指定されている深川力持の碑。

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木場の角乗碑
東京都指定無形民俗文化財(民俗芸能)、江東区登録無形民俗文化財(民俗芸能)に指定されている木場の角乗の碑。

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木場木遣の碑

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富岡宮司寿像

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神馬

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深川祭での水かけ神輿 祭礼は、毎年8月15日を中心に行われる。深川八幡祭、深川祭とも呼ばれている。
当社の一の宮神輿は日本最大の神輿とされ、あまりの大きさに1991年(平成3年)に初渡御が行われただけで以後は神輿倉の展示品として扱われている。

相撲とのかかわり
江戸勧進相撲の発祥の地としても知られ、しばしば境内で本場所も開催された。
特に明治維新以降、幕府や大名家の加護を失った相撲界が、神道との関わりを強調する
ことで生き残りをはかったためもあり、当社と相撲との結びつきが強まった。現在も
新横綱誕生のおりの奉納土俵入りなどの式典が執り行われるほか、相撲にまつわる
数々の石碑が建つ。

  大関力士碑
    超五十連勝力士碑
    出羽海一門友愛之碑
    巨人力士身長碑
    釈迦ヶ嶽等身碑
    強豪関脇力士碑
    巨人手形・足形碑
    横綱力士碑

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相撲観戦しなくなって久しい無為庵太郎でも知っている名前ばかりが並んでいる。
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江戸勧進相撲発祥の地
江戸時代の相撲興業は上方から始まったが、しばしば禁止令が出されていた。
貞享元年(1684)初めて寺社奉行より春と秋の2場所の勧進相撲が許された。
その地こそが当宮の境内だったのです。以降約100年間にわたって本場所が境内にて
行われ、その間に定期興行制や番付制が確立され、現在の大相撲へと繋がっていく。

大関力士碑
表参道大鳥居をくぐってすぐ右手には、 歴代大関を顕彰するために建立された 。
この碑は明治の頃に、9代目市川団十郎と5代目尾上菊五郎により寄進されていた2基の
仙台石を活用し、初代大関雪見山から最近では小錦関、霧島関まで、104人の歴代大関
の四股名が彫り込まれている。

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巨人力士碑、巨人力士手形足形碑、 強豪関脇碑、 釈迦ヶ嶽等身碑等一群の顕彰碑が
立ち並んでおり、横綱力士碑とあわせて、相撲名所として相撲ファンに親しまれています。

資料館
木場で使用した木挽道具、江戸前の海で活躍した深川浜の漁師の漁具、
米間屋街・佐賀町で使われていた生活用具等のほか、東洋の陶磁器などが展示されている。
常時開館しているのでなさそうで、社務所に連絡して開けてもらうシステム。
午前10時から15時30分まで、拝観料 大人500円 1階のみ大人200円。

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神輿庫
当宮には紀伊國屋門左衛門が奉納した総金張りの三基の宮神輿があったが、関東大震災
で惜しくも焼失してしまっていた。平成3年佐川清氏により一の宮神輿が奉納された。
台輪幅1.51メートル、高さは4.39メートル、鳳凰の胸に7カラット、目に4カラットの
ダイヤモンド一対のほかルビー2010個など日本一の大きさと豪華さを誇る。
二の宮神輿は平成9年に製作されている。

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深川めしと深川丼のセットを頂いた深川宿 初めて頂いたが予想していた以上に美味しかった。

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三味の音が流れていて店の雰囲気も仲々他では味わえないものであった。

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