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2014年7月14日 (月)

楠木正成公を祀る湊川神社

高校時代まで神戸で暮らしながらちゃんとお参りしたことがない。
学生時代に北東にある図書館にはしばしば来ていたものだ。路面電車の市電を利用することが多かったが、
国鉄利用の場合は神戸駅からの途中に楠公さんの境内を通ったことがあったように思う。しずれにしても
拝殿で参拝したことはない。なんと罰当たりな事だ。因みに初詣は父と車で京都伏見稲荷神社参りが
恒例行事であった。

初めて湊川神社にお参りしようというのである。
湊川神社は楠木正成公を祀った神社である。門を入って右に正成の墓があり、本殿の西側付近は
正成自害の場とされる。元々は小さな塚だったものを、江戸時代の初めに尼崎藩主青山幸利が墓標とし、
17世紀末には徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」と刻んだ石碑を立てた。

JR神戸駅から北へ進むとすぐそれと判る。多聞通りを渡ると表神門が見えてくる。

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幕末には倒幕志士の尊王のシンボルとなり、王政復古後、初代兵庫県知事伊藤博文らの請願に
よって1872(明治5)年に神社が創建された。地元では、「楠公さん(なんこうさん)」の名で親しまれている。

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大きくはないが重厚で威厳ある門である。

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表神門に掲げられた扁額の社号は、明治天皇の揮毫

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建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社である。国体に功績を与えた人物を祀る神社ということで
別格官幣社と呼ばれます。

楠木正成は、延元元年(1336)5月25日、湊川の地で足利尊氏と戦い殉節した(湊川の戦い)。
その墓は長らく荒廃していたが、元禄5年(1692)になり徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑を
建立した。この右に水戸光圀公の銅像がある。

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本殿への参道 しっとりと雨に洗われている。

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参道右に巨大灯籠二基

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幕末には維新志士らによって祭祀されるようになり、彼らの熱烈な崇敬心は国家による楠社創建を
求めるに至った。慶応3年(1867)に尾張藩主徳川慶勝により楠社創立の建白がなされ、
明治元年(1868)、それを受けて明治天皇は大楠公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するよう命じ、
明治2年(1869)、墓所・殉節地を含む7,232坪(現在約7,680坪)を境内地と定め、
明治5年(1872)5月24日、湊川神社が創建された。

参道右に赤い鳥居が並んでいる。楠本稲荷神社で朱色の鳥居と赤い幟で華やいだ一画となっている。

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主祭神である楠木正成は、河内に本拠地をおいたいわゆる武将で、元弘元年(1331)に後醍醐天皇に
応じて挙兵し、鎌倉幕府倒幕に貢献する。建武の新政後の足利尊氏の反乱において、九州から京都に
向かう尊氏を湊川の地で迎え打ち、新田義貞らとともに戦うが、建武3年(1336)年5月25日に敗退し
自刃した。

社名の候補としては、「大楠霊神社」案と「南木神社」案と「湊川神社」案があった。
「湊川神社」案は、神祇官官吏の八木雕の提案によるもので、地名をつけることで覚えやすくなる
だろうとしている。湊川神社に続いて建てられた人物顕彰神社の多くも地名を社名につけるこの例を
踏襲することとなる。

拝殿
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拝殿にて礼拝したところで雨が本降りとなってきた。殉節地や宝物殿など廻りたかったが
社務所にて御朱印をお願いしたら帰ることした。

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拝殿の右に御神牛 
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その左遥拝所

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拝殿右にある「菊水天神社」

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表神門を潜り左手にある「宝物殿

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拝殿の天井奉納画は、戦災復興に際して棟方志功の呼びかけにより全国著名画家から奉納された
163点で、中央の「大青龍」は福田眉仙の大作がある。拝殿前に奉納画図録を社務所にて販売となり
御朱印をお願いするときに求めた。表紙の写真は内拝殿の格天井。

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拝殿から見える外拝殿の格天井

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福田眉仙作「青龍」

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棟方志功作「運命」

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