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2014年10月 9日 (木)

小田急沿線史跡めぐり曹洞宗大谿山豪徳寺~井伊家菩提&招猫発祥~

二ヶ月ぶりの史跡めぐりは近場小田急沿線の豪徳寺。初めての参詣であり、いつもの様に予め駅からは方向・道順などを頭に入れて臨んだ。しかし・・・

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小田急線豪徳寺駅に降り立つと招猫が迎えてくれた。新宿はこちらだからと豪徳寺は右側と自信を持って駅前の商店街を進むが豪徳寺の雰囲気がしてこない反対方向らしい。

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和菓子店頭に招猫が並んでいて少し安心だが・・・。不安になり駅へ戻ると豪徳寺沖縄祭の垂幕が反対側に見えてきた。駅を降り立った方向が新宿方面を向いていると思い込んでいたがやはり間違っていた。

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賑やかな商店街を進むと、電柱にも猫が描かれている。「猫の寺」の門前街らしい。

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三軒茶屋の友人宅を訪ねた帰りに利用したことがある東急世田谷線の電車の音も聞こえてきて安堵。

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しかし豪徳寺への案内板は全く無く、通り掛かりのご婦人に尋ねたら、この先の踏切を左へ曲がると右手に豪徳寺境内とのこと。教わった角を曲がると確かに右手前方に豪徳寺と思われる境内の塀が見えてきた。塀を見るだけで豪徳寺境内の広大さが分かる。

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豪徳寺裏門とある。 北側で正門は南側にあるということらしい。

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次の角を曲がっても延々と塀が続く。やがて門らしきものがみえてきたが「東門」とのことだ。正門はこの先を右に曲がった所で、立派な参道もあると手書きの案内がある。

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世田谷線「宮の坂」駅からだと小田急豪徳寺駅の半分の距離で、下写真の参道口に出る。「大谿山豪徳寺」の立派な案内板も設置されている。

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狛犬が迎えてくれその先に立派な参道が正門へと誘ってくれる。

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参道両脇の黒松も見事です。

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上で寄り添ってる黒松が微笑ましい。

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山門 (惣門)

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見事な草書扁額「碧雲閣」。碧雲閣は豪徳寺十景のひとつ。

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山門左手に「都史跡 井伊直弼の墓」の石碑が設置されている。

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山門を入ると立派な香炉が目に飛び込んでくる。奥正面は仏殿

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本寺付近は、中世の武蔵吉良氏が居館とし、天正18年(1590年)の小田原征伐で廃城となった世田谷城
主要部で、寺の南側に世田谷城阯公園がある。元世田谷城主吉良氏ゆかりの寺院で弘徳院と称していた。

天正十二年(1584)中興開山宗関(高輪泉岳寺の開山)の時、臨済宗から曹洞宗に改宗。寛永10年(1633)に世田谷領15カ村が彦根藩井伊家の領地となり、井伊家の菩提寺となった。井伊家2代・直孝の没後、彼の法号「久昌院殿豪徳天英大居士」から豪徳寺と改称された。 宗関(もんなんそうかん)は今川義元の孫

サイト内リンク曹洞宗江戸三ケ寺萬松山泉岳寺 

直孝の娘掃雲院は多くの堂舎を建立、寄進し、豪徳寺を井伊家の菩提寺に相応しい寺観に改めた。仏殿とその三世仏像、達磨・大権修埋菩薩像、及び石灯籠二基、梵鐘が当時のままに現在に伝えられている。

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仏殿に掲げられている扁額「三世仏」。漢数字「」の二を三にして「さん」と読ませている。三世とは過去・現在・未来のことだ。

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仏殿木像5躯(世田谷区指定有形文化財):仏殿同様、延宝5年(1677)、仏師・松雲元慶の作。
        大権修利菩薩像、 弥勒菩薩像  釈迦如来像  阿弥陀如来像  達磨大師像
木造大権修利菩薩椅像、総高101cm
木造弥勒菩薩坐像、総高80cm
木造釈迦如来坐像、総高72cm
木造阿弥陀如来坐像、総高72cm
木造達磨大師坐像、総高64.8cm
木像五体は、胎内銘札によると、延宝5年(1677)井伊直孝の娘掃雲院が、父の菩提を弔うために、「洛陽仏工祥雲」に五体一具として造らせたものであることがわかる。祥雲は黄檗宗の鉄眼の弟子で、のちに五百羅漢寺の五百羅漢像を彫像した松雲元慶(1648-1710)のことである。当時仏殿建立を初め豪徳寺の復興に努めていた掃雲院は、鉄眼ら黄檗僧に深く帰依し、その影響を受けていた。このような関係から仏殿造立に当って、祥雲が推挙されたものと考えられる。本像は、江戸時代の代表的な仏師祥雲の早期の作例として、また黄檗風仏像彫刻の数少ない遺例として貴重である。(世田谷区教育委員会掲示より)

仏殿を東側から撮影 「選佛場」扁額あり。鶴見總持寺の堂宇にもあった。

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本尊     釈迦如来

鐘楼

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梵鐘(世田谷区指定有形文化財):延宝7年(1679年)の作。本梵鐘は、延宝7年に完成の後、今日まで移動なく当寺に伝えられてきた。形姿は、比較的細身で均整のとれた優美な姿を呈し、吊手の龍頭は力強くメリハリのきいた雄渾な造形で、細部の表現も精巧な出来栄えである。撞座の意匠も独創的であり、工芸的に優れた完成度の高い梵鐘といえる。制作者の藤原正次は、別に釜屋六右衛門とも名乗り、当時江戸で名のあった鋳物師である。また世田谷代官大場市之丞吉寛が幹事となっている。本梵鐘は、この時代の梵鐘の一典型として、さらには、著名な鋳物師の力量を窺う作品として、美術工芸的に貴重である。また、区内に伝わる梵鐘としては現存最 古であり、世田谷に縁ある人物がその制作にかかわるなど、近世世田谷の歴史を知るうえでも貴重な遺品である。(世田谷区教育委員会掲示より)

三重塔は新しいが、境内に風格を添える荘厳さを備え美しい。

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2006年5月に完成という新しい堂宇。塔二階の蟇股(かえるまた)には十二支の像に加えて。なぜか猫も入っている。撮影したかったが失敗。

招福庵 扁額は「松福庵」となっている。

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井伊直孝は飼い猫によって当寺へ招き入れたという招き猫の伝説があり、この飼い猫は松福庵(招福庵)に祀られている。東京三十三観音霊場11番札所。招福観音堂の左奥には沢山の奉納された招猫が安置されている。想像していたより少なかった。

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招き猫伝説
招き猫発祥の地とする説がある。井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、雷雨を避け、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたという。豪徳寺では「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)を祀る「招猫殿」を置く。招猫殿の横には、願が成就したお礼 として、数多くの招福猫児が奉納されている。ちなみに、招福猫児は右手を上げており、小判などを持たない素朴な白い招き猫である。2007年11月25日まで滋賀県彦根市で行われている「国宝・彦根城築城400年祭」にちなんだイメージ・キャラクターのひこにゃんのは、豪徳寺で猫に救われた井伊直孝公ということらしい。

庫裏 左側に受付あり。

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本堂

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本堂扁額「豪徳禅寺」

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納骨堂 本堂の左手にある。本堂奥に「開祖堂」があるが下境内案内図にある通り非公開とのこと。

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本堂お参り後受付にて御朱印をお願いした。

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準備していた御朱印帳ではなく、紙に予め用意された御朱印を押したものに日付を書き加えたものを頂戴した。

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境内案内図

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彦根藩主井伊家墓所(国の史跡)
将軍家側近でもあった井伊家の姿を物語り、江戸時代の幕藩体制と大名文化を考える上で欠くことのできない貴重な通産であるため、一括で「彦根藩主井伊家墓所」として、平成二十年三月二十八日、国史跡に指定された。(世田谷区教育委員会掲示より)

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俳優の中井貴一が先月9月15日、東京・世田谷の豪徳寺で主演作「柘榴坂の仇討」の公開直前イベントを行った。浅田次郎氏の短編を原作中井が演じる志村金吾桜田門外の変で主君・井伊直弼の暗殺を許してしまった彦根藩士という役で、井伊を討った水戸藩浪士・佐橋十兵衛阿部寛)というふたりの男がたどる 13年間の苦悩と孤独、そしてついに訪れる「運命の再会」を描く。この日は同地に眠る井伊の墓前に手を合わせ、映画の完成を報告したとのことだ、

境内には、桜田殉難八士之碑もある。

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墓所途上に違和感を覚える不思議なレリーフ像の存在に驚かされる。若い命を散らせた学徒出陣の鎮魂碑か。

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無名戦士慰霊記念碑だそうだ。
  

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銘板には以下が綴られている。

    いくさの旅に
    さまよい果てたる
   はらからよ
  ここにかえりて
    やすらいたまえ
       日本大学教授 山田 孝雄
 

山田孝雄氏は契沖、真淵、宣長以来の国学の伝統に連なる最後の国学者とも呼ばれている。

江戸時代寺周辺では「豪徳寺十景」 と呼ばれたものがあったとか。現在消滅しているのもある。
①清涼橋(門前の流水烏山川に架した板橋 現存せず)
碧雲関(惣門)山門扁額
③楓樹林(惣門を入って左稲荷社の辺り)
④松柏壇(井伊家墓地の一帯)
⑤臥龍桜(仏殿の前の桜木。世田谷御所より移植したという)
⑥照心堂(経蔵)
⑦括華塔(門庵和尚の墓)
⑧三隅山(城址の後ろの方)
⑨望嶽丘(城址の前の方)
⑩黄鳥哺(清涼橋の西方の梅林 現存せず)

紅葉、枝垂れ桜、藤、牡丹なども綺麗だとか、久しぶりの外出となり銀行や買物など用事があり今回予定していた松蔭神社も割愛したので、季節を変えて改めて訪れたいものである。

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