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2015年3月

2015年3月30日 (月)

小田急沿線観桜~麻生川 柿生駅から新百合ヶ丘駅

柿生駅と新百合ヶ丘駅の間、通勤車窓から眺めていた麻生川沿い桜を愛でながら歩いてきた。東京都心部で満開との情報があったが、東京郊外の多摩地区は毎年少し遅れて咲く。人出の多い場所は好きではないので、土日を避けて、出来るだけ満開に近くて、お天気も良い日で、老妻が午後から病院の予約を入れているので、老犬介護の為に午前のみの予定で出掛けたものである。

小田急電車に乗ってから初めて気がついた。子どもたちは春休み中で家族連れが多く車内の様子が通常の平日と大きく違う。

柿生駅で下車したのは初めてである。騒がしかった子供連れのファミリーの下車は無い。

目的の桜は麻生川の両側に植栽されているソメイヨシノで、小田急線と平行して見えていたので、駅からは殆んど迷わず麻生川に出ることができた。

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麻生観光協会によって「麻生川桜並木のライトアップ」が3月22日(日)から4月11日(土)まで行われている。
また3月28日(土)の午後は、桜まつりイベントがJAセレサ川崎パーシモン駐車場を会場にして開催されたようだ。本日は特別のイベントもなく静かに花見ができそうだ。

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花見には良い印象がなく、会社経営していた父が毎年社員家族を招待し観桜会を主催していたが、中学生以降は一度も参加しなかった。社会人になってからも花の名所に陣取った「花見」は参加していない。現役の殆んどは経理で決算作業と重なっていたので、土日の休日出勤時に昼食後に日比谷公園を散歩して会社へ戻るというパターンで「花見」していたものだ。

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リタイア後テニス仲間と缶酎ハイ片手に桜の下を歩き「花見」したことがある。

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坐骨神経痛で右臀部大腿脹脛が痛むが、立ち止まり花を愛でながらゆっくり歩けて丁度よい。

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新百合ヶ丘駅周辺は車では何度となく訪れているが歩きでは初めてだが、なんとかなりそうだ。主張の強い桜木に改めてレンズキャップを外して撮影した最期の桜。約1.5kmの距離をパンパンに張った右脚の痛みに耐えて歩ききれそうだ。

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新百合ヶ丘駅で昼食して帰ろうと構内をまわったが食指が動かず自宅で摂ることにして帰宅した。

2015年3月12日 (木)

皇居参観~桔梗門・富士見櫓・宮内庁・宮殿・二重橋・伏見櫓・山下通

先月の東御苑見学に引き続き、予めネットにて予約しておいた皇居参観である。当日の体調とお天気次第での出掛けが殆んどなので、直近に腰痛と坐骨神経痛が悪化していたこともあり心配だったが予定通り出掛けることができた。途中の駅でトイレへ行くはめになり受付時間がきになったがロスタイムを最小に抑えられ、15分前には二重橋前駅に到着した。

地下鉄千代田線二重橋前駅6番出口から地上へ行幸通りを皇居方面へ真直ぐ内堀通りの交差点を渡り桔梗門へ約350m。皇居前広場駐車場の観光バスはそれ程多くなさそうで団体客は少ないと予想される。下写真は桔梗橋と桔梗門(内桜田門)

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桔梗門から入場
受付は桔梗門前で係員に予約時受付番号等をプリントアウトしたものを提出するだけで先に受付を済ませているカップルの後ろで暫し待ち、5名位になったところで別の係員が窓明館まで案内してくれた。

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桔梗橋は内濠の桔梗濠蛤濠の間に架かり、皇居外苑から皇居東御苑にある皇宮警察本部前に通じる土橋である。桔梗門は慶長19年(1614)に造られた。門名の由来は最初に江戸城を築いた太田道灌の時代に、この近くに泊船亭があったと伝えられ、道灌の家紋の桔梗紋から付けられたといわれている。現在でも門の鬼瓦には桔梗紋がある。

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内桜田高麗門」の石碑。桔梗門の別名である。この門は三の丸に入る南門で,幕府の要職者が登下乗する門であり、大門六門の一つとして厳重に警備され、門外に下馬札が有った。この奥に皇宮警察本部(旧枢密院)がありその関係者の出入り門でもあり、我々皇居参観者や勤労奉仕者などが出入りする門。

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窓明館
係員にまず案内されるのが桔梗門を入り前方左手の建物。パンフレットを貰い、まず売店で記念品として牛革財布と酒も欲しかったが重くなるので今回は断念し、家族への土産として最中とカステラを購入した。有名老舗の品で帰宅後調べたらお買得だったことが解った。天皇陛下のお膝元で怪しげな商売はできないでしょうから当り前か。売店目当てに来る人もあるそうな。

荷物のリュックからカメラのみを出して他は無料のロッカーへ預けて歩きやすくした。

ビデオ映像により皇居の全体説明後参観へ。約1時間くらい。行程約2キロ。

元枢密院庁舎
まず窓明館の右斜前の建物。大正10年(1921)に完成,現在の国会議事堂のモデルになった建物と言われている。当時近世復興式と呼ばれた鉄筋コンクリート2階建ての建物で,広さは約1740㎡。現在皇宮警察本部庁舎として利用されている。

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石垣の石に家紋 下写真は丸に十の字で島津家 薩摩藩の手配による石材を表している。

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これはどこのマークかな?

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富士見櫓 
右手に立派な石垣と大きな櫓が見えてくる。石垣は14.5mの野づら積み

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江戸城旧本丸の東南隅に位置する「富士見櫓」 現存の三重櫓は、万治2年(1659)の再建で、江戸城本丸の遺構として貴重な存在となっている。櫓の高さは約15.5メートル天守閣が明暦3年(1657)の大火で焼失した後は復旧されなかったので、富士見櫓が天守閣に代用されたと伝えられている。将軍が時折この櫓に登って富士山や品川の海に両国の花火などを眺めたという記録が残っている。どこから見ても同じ形にみえるために、「八方正面の櫓」とも呼ばれている。

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東御苑見学時は傍に行きながらもフェンス越しで思い通りの写真が取れなかった。今日は美しく見える場所から見ることが出来てこれだけでも満足である。

宮内庁庁舎
英文名はImperial Household Agencyで、天皇の国事行為にあたる外国の大使・公使の接受に関する事務、皇室の儀式に係る事務をつかさどり、御璽・国璽を保管する内閣府の機関である。宮内と古代官職名で日本書紀に「宮内卿」「宮内官大夫」の官職が記述されてい。「宮内庁」の表札等はない。明治宮殿が焼失してから今の宮殿が建設されるまでの間、仮宮殿として用いられた。現在の宮殿とは渡り廊下で接している。

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松の塔
照明灯で国民の寄付で造られた照明灯。葉と葉の間から光が灯すように作られた照明塔です。先端にある輪は、ふしろという古代婦人の腕輪を形とったもの。

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宮殿東庭
宮殿で一番長い建物が「長和殿」で長さが163mあり、中の廊下の長さは100m。この場所で、新年1月2日と天皇誕生日の12月23日の年2回、天皇皇后両陛下と皇族方が長和殿中央バルコニーにお出ましになる場所である。

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「長和殿」の前の広場が「宮殿東庭」で、広さが約4500坪あり、一般参賀などの多いときには約2万人が一度に参賀できる。足元の石畳は四国香川県産の安山岩が使用されており、大変水はけの良い石

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長和殿中央前でバルコニーを見上げたが、予想外に低い位置で、3.4mだそうだ。東庭の下に駐車場あるとのこと。

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長和殿前には巾2mの寒椿と山茶花の植え込みがあり、その脇にある黄色い灯篭有田焼で11基あり、照明塔 中門手前両側にも有田焼の灯籠があるが、長和殿の様には手入れされていないようで黒く刳すんでいた。

東庭から中門を潜り二重橋へ。その途中の正門鉄橋手前の石垣が美しい。

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二重橋という名は、この鉄橋の橋桁を支える台が以前上下二重構造になっていたことに由来しているそうです。その後、昭和43(1968)年に現在の鉄橋に架け替えられた。正式名称は正門鉄橋

鉄橋の電飾燈

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二重橋濠

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正門鉄橋と伏見城

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正門石橋 と奥が皇居前広場

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伏見櫓 
江戸城築城の第二期(三代将軍家光の時)の寛永五年(1628)に京都伏見城から移築したものと伝えられている。別名で「月見櫓」とも呼ばれており、皇居で最も美しい櫓と言われ櫓の高さ約13.4メートル。

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石垣も櫓も堅牢に出来ており関東大震災でも崩れていない。両陛下のお住まいの「吹上御苑」はこの奥か。ここでUターンして再び長和殿前へ。

宮殿正面玄関 外国からの賓客はここでお迎えになる。

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大刈込
長和殿の左奥は「宮殿の南庭」植木職人の手作業で高さ約6mあり、22種の樹木を合わせて小山のように仕上げた「南庭の大刈込み」である。広い地形と芝生を利用して、大刈り込みの下は小川が流れていて流れを主とした日本庭園だそうだ。

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北車寄は,国内の賓客が宮殿に参入される際の玄関で黄色い絨毯の部分で組閣時で認証式後に記念写真を撮る場所である。

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東庭から望む富士見櫓も美しい。

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豊明殿 宮殿のうちで、もっとも広い部屋で一棟一室と中庭に面していて大きな饗宴が催されるときに使われます。室内面積は915㎡。名称は昔の宮中の豊明節会(とよあかりのせちえ)にちなんでいます。三十二のクリスタルガラス製のシャンデリアが下げられ、壁面にはつづれ織りの「豊幡雲(とよはたぐも)」(中村岳陵氏原画)の夕空に五彩の雲がたなびくあざやかな描写は、三年の日時をかけて織り上げた、伝統工芸の技により圧倒的な迫力をみせています。床面は手織段通杉山寧氏デ ザイン)が敷かれているが、巾約7メートル、長さ約37メートルの段通が三枚はぎ合わされている。

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宮内庁舎から宮殿への渡廊下

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山下通り入口 この奥紅葉山

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山下通を巡回している皇宮警察車輌、スバルを採用している。

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富士見多聞 山下通の坂道をを降りきった左手。東御苑で壁と屋根の一部をみていたもので、下から見ると美しいものだ。

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蓮池濠 初夏蓮花の咲く様を想像しながら眺める。奥には北の丸武道館が望める。

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皇宮警察ポリスボックス 今回巡った範囲だけでも複数あった。

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窓明館近くまで戻ってきたところで後ろを振り返ると皇居勤労奉仕をされていた方の一団が行儀よく整列してやってくる。昼食など昼休みを窓明館で過ごされるとのことだ。皇居参観後に引き続き東御苑へ行く方は申し出ると、窓明館と旧枢密院の間の道路を進み皇宮警察の武道館である「済寧館」の所から東御苑へ入れる。大手門からの発券場所が丁度あるのだ。 サイト内リンク⇒ 皇居東御苑~江戸城本丸・二の丸・三の丸

事前に予約する必要はあるが、それ程面倒でもなく、時間的にも体力的にも無理なく行動できるので予想以上にいいものであった。無料で外国からのお客様にも喜ばれるのではないだろうか。売店で購入した品も評判良かった。

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