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2015年5月 8日 (金)

国指定名勝殿ヶ谷戸庭園(随宜園)~段丘崖と湧水を利用回遊式林泉庭園 ~三菱財閥別荘庭園

殿ケ谷戸庭園の存在を知ったのは10年程前に、地下鉄「赤坂見附」を降りてホテルニューオオタニへの途中、地下通路で写真を見た時である。機会があればと思っていたがなく、暇人となりやっと実現した。昨年旧岩崎邸を訪れ、「岩崎家ゆかりの庭園」として駒込別邸の「六義園」、深川別邸として「清澄庭園」と共に「殿ケ谷戸庭園」も紹介されていて今回のスケジューリングをしたものである。サイト内リンク⇒旧岩崎邸庭園六義園清澄庭園

そもそもは庭園名に「谷戸」があり注目したのである。当時都内の緑地保全地域でボランティア活動をしており活動フィールドに複数の「谷戸」があったからである。谷戸とは多摩丘陵、三浦丘陵、狭山丘陵、などの関東の丘陵地が長い時間をかけて浸食され形成された谷状の地形で、谷戸、谷津、谷地などと呼ばれている。これらの表記および読みは地域により分布に差が見られ、同様の地形を表す際にも、千葉県などでは「谷津」(やつ)を、神奈川県および東京都多摩地域では「谷戸」(やと)、「谷」(やと)を、東北地方では「谷地」(やち)を使っている場合が多い。

今回は南武線、武蔵野線を乗継ぎ中央線「国分寺」からのスタート。案内標示もあり、南口を出て左手に進むと右手に殿ヶ谷戸庭園正門が見えてくる。迷いようのない近さである。

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三菱合資会社の社員で南満州鉄道副総裁から貴族院議員にもなった江口定条の別荘として大正二年にこの地に別荘を構え「随宜園」と命名し庭師・仙石の手で作庭された。昭和4年(1929)に三菱財閥創業家の岩崎彦弥太が別邸として買い取り、津田鑿の設計で洋風邸宅、数奇屋風の茶室(紅葉亭)などを追加整備した。昭和40年代に再開発計画が持ち上がったが、保存を求める住民運動をきっかけとして昭和49年(1974)東京都が買収、公園として整備の後に昭和54年(1979)4月より有料庭園として公開している。

江口定条
土佐国(現・高知県)出身。1887年東京高等商業学校(現一橋大学)卒、同校教諭に就任。三菱合資会社入社。同社専務理事、監事等を経て1920年同社総理事。1925年社団法人如水会初代理事長。1931年南満州鉄道の副総裁に就任したが、民政党系であったため、翌年政友会の犬養内閣に罷免される。当時総裁だった内田康哉はこの罷免に抗議し辞表提出。1932年、勅選の貴族院議員となる。

国分寺崖線と呼ばれる段丘崖と豊富な湧水を巧みに生かして築かれた、回遊式林泉庭園である。様々な木々が植えられており、園内には池や周遊順路が存在し、カメラマンや地元住民、近隣で働く人間の憩いの場として利用される。本日も東京都の担当者とボランティアの方方が整備作業をされていた。

国分寺崖線
多摩川による河岸段丘で、平坦な部分と傾斜が急な崖とが交互に現れ、平坦な部分を段丘面、急崖部分を段丘崖と呼ぶ。段丘面は地下水面が低く、段丘崖の下には湧水が出ていることが多い。各段丘の縁端は段差数メートル程度のちょっとした崖になっており、武蔵野の方言ではこれを「ハケ」とか「ママ」などと呼ぶ。また、段丘の縁端に沿って延々と続くこうした崖の様子を、学術的に崖線(がいせん)と呼ばれている。

国分寺崖線は武蔵村山市緑が丘付近に始まり、JR中央線を国立駅の東側で横切り、国分寺市・小金井市と国立市・府中市の市境に沿って東に進む。さらに野川の北に沿いながら調布市に入って深大寺付近を通り、世田谷区の砧地域、大田区の田園調布を経て同区の嶺町付近に至る距離実に約30km。世田谷区の等々力渓谷は国分寺崖線の一部である。サイト内リンク⇒等々力渓谷

名勝とは景色の良い土地のこと。名勝地、景勝(地)ともいう。日本における文化財の種類のひとつで、芸術上または観賞上価値が高い土地について、日本国および地方公共団体が指定を行ったもの。名勝の内特に価値の高いものが特別名勝で、関東では「六義園」、「小石川後楽園」、「浜離宮」。後のふたつは特別史跡にも指定されている。サイト内リンク⇒浜離宮

中門の手前に 歓迎の寄せ植え
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サービスセンターで高齢者70円を支払い入園

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まずは大芝生

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順路は右側となる。左だと展示室を経て紅葉亭へ。崖を降りれない高齢者などは左へ行かれていた。案内順路通り進むと萩のトンネルが見えてくる。それを潜ると次に藤棚があり、休憩できるベンチもある。左に花期を過ぎた花木たちを見ながら崖下へ下りていく。

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途中花木の奥に赤松が美しい。

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右に竹林があり、タケノコも見える。通路ではボランティアの方方が活動されていた。

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レンゲショウマの群生も

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キンラン こういう場所で見てこそ美しい。キンラン・ギンランは移植しても育たないことを当プログにアップしているが、キーワード「育て方」で来る人が多く残念なことだ。

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続いても同じく絶滅危惧種の「クマガイソウ」。活動していたフィールド内でも盗掘が相次ぎ情けなく思ったものだ。

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次郎弁天池 古くから「次郎弁天の清水」として信仰された名水。名前の由来は不明とのこと。

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次郎弁天池

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水源がふたつ見える。紅葉亭側からの湧水は滝の様

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馬頭観音側からの湧水

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馬頭観音への上り階段 通りぬけできない

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登り切ると芝生の庭に出て、正面に展示室が見える。

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馬頭観音 馬頭を冠した観音様をイメージしていたが石碑でした。文政七年建立

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紅葉亭からの眺め

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紅葉亭横の池 

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蹲と鹿威し 

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紅葉亭横

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紅葉亭

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花は少ない時期であったがシランが豪華に咲き誇っていた。

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紅葉の時にゆっくり訪れたい。

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