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2015年10月 6日 (火)

特別史跡・特別名勝 都立小石川後楽園

江戸時代初期に水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた築山泉水回遊式の大名庭園であり、国の特別史跡及び特別名勝に指定されている。都立庭園九つの内訪れるのが最後になってしまった。東京ドームには何度か訪れていて、その西隣と粗方承知していた為に返って訪れるのが遅くなってしまった。東京ドームへは水道橋駅だが庭園へは「飯田橋駅」からスタート。駅前外堀通りの陸橋を渡ることにしたが案内標示によると520m。案内標示は要所要所に設置されていて有難い、初めての者も迷いようがない。

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寛永6年(1629)水戸徳川家水戸藩初代藩主・徳川頼房が作庭家徳大寺左兵衛に命じて築いた庭園を、嫡子の光圀が改修、明の遺臣朱舜水の選名によって「後楽園」と命名して完成させた。西門が一般の出入口となっており、右手に進むとサービスセンターがある。門柱右側は「涵徳亭」とある。

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後楽園の名は、中国の范仲淹(はんちゅうえん)「岳陽楼記」の先憂後楽(為政者はまさに天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみは後れて楽しむ)から名づけられた。朱舜水の提案によるもの。岡山市にある後楽園と全く同じである「民衆に先立って天下のことを憂い、民衆がみな安楽な日を送るようになって後に楽しむ。」という光圀の政治信条によったものといわれている。

入口に掲示されている園内案内図

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1923年(大正12年)3月7日、国の史跡および名勝に指定された。指定の際、岡山市の後楽園と区別するため「小石川」を冠した。1952年(昭和27年)には文化財保護法に基づく国の特別史跡および特別名勝に指定された。特別史跡で特別名勝指定は関東では浜離宮と後楽園の二箇所、六義園は特別名勝のみ指定されている。サービスセンターで免許証を提示して150円を支払いパンフレットを頂き東へ左回りに散策することにした。

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まずは「西行堂跡」 狛犬の後ろの石碑が「道のべに しみづながるる 柳かげ しばしとてこそ 立ちどまりつれ」の歌碑

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狛犬が近くで見ると妙に愛嬌がある。

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駐歩泉碑 上記西行の歌にちなみ「駐歩泉」と命名し九代斉昭が自ら筆をとり碑を建てたもの。

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駐歩泉の清らかな流れ。奥の高台が西行堂跡

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幣橋(ぬさばし) 駐歩泉の流れが大池「大泉水」へ注がれるがその流れに架かる橋。

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幣橋を渡ると紅葉林となっている。「川辺には楓や桂などの古木が生い茂り秋深く染土する木々の紅葉は春の花より紅いなり。」と案内板にある。左の川は「竜田川」秋の紅葉時を想像しながら「旅」を続けよう。

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延段(のべだん) 中国風の素朴な石だたみで、切石と玉石を巧みに組み合わせたもの。

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山道に密やかに咲いていた「ホトトギス」 やがて木曽の山で寝覚滝も。

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正門(東門)

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砲兵工廠跡記念碑 明治2年の版籍奉還により藩主徳川昭武が邸宅とともに新政府に奉還し、そののち東京砲兵工廠の敷地の一部として陸軍省の所管となったもので、その名残のひとつである。

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富士見堂

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内庭  大別すると内庭と後園とに分けられ、内庭は水戸藩邸の書院の庭であって江戸時代には「うちの御庭」などと呼ばれていた。江戸時代の大名屋敷がほとんど消滅した現在、書院の庭の旧態をよく残しているものとして貴重である。

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再び大泉水 「蓬莱島」島は亀の形をしており、先端の大きな鏡石は庭師徳大寺左兵衛にちなんで「徳大寺石」と名付けられて、弁財天を祀った祠がある。 

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異形灯篭

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九八屋(くはちや) 江戸時代の風流な酒亭の様子を現した。この名の由来は「酒を飲むに昼は九分夜は八分にすべし」と酒飲みならず万事控えるを良しとする。との教訓による。戦災で消失したが昭和34年に復元した。 

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赤門 遠くからは赤く見えなかったが、日が当たると確かに赤く見える。

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不老の水 この井戸がいかなる旱魃にも水が枯れず、またいかなる洪水にもあふれ出すことがなかったことから不老水と呼ばれる。

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稲田 水戸黄門の案山子  近くには梅林もある。

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藤田東湖記念碑

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小町塚

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八卦堂跡 二代光圀七歳の時、将軍家光に謁見したおり「文昌星」像を頂戴した。後に光圀は文学を好むようになり、文昌星を思い起こし八卦堂を造りその像を安置したという。関東大震災で焼失した。

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八卦堂の位置は相当の高さにある。山を下りる真直ぐの急階段は愛宕神社のようで「愛宕坂」。下に見える流れは「神田上水」跡

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花菖蒲田 奥は稲田

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楽しみにしていた「円月橋」 水面に映る形が満月のように見えることからつけられた名称。明の儒学者朱舜水による設計と指導によって江戸の名工「駒橋嘉兵衛」が作った。後に八代将軍吉宗が江戸城内に作ろうとしたが、ついに果たせなかった。 関東大震災にもびくともせず、現代に残されている。

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「白糸の滝」や「沢渡り」周辺は工事中

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小廬山

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小廬山手前の蓮池では花期を終えて種ができている。

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一つ松

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最後に大泉水の蓬莱島をもう一度

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今回の後楽園で都内の都立庭園を全て廻ることができた。クリックでサイト内リンク。
 ①浜離宮恩賜庭園
 ②旧芝離宮恩賜庭園
 ③清澄庭園
 ④旧岩崎邸庭園
 ⑤六義園
 ⑥旧古河庭園
 ⑦向島百花園
 ⑧殿ヶ谷戸庭園
 ⑨小石川後楽園

両国の旧安田庭園もほっとできるいい庭園だと思う。


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