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2015年12月

2015年12月22日 (火)

神齢山悉地院大聖護国寺~茶道本山

徳川幕府祈願寺であった真言宗豊山派神齢山悉地(しっち)院大聖護国寺を訪ねた。池袋から有楽町線で二つ目ずばり「護国寺駅」1番出口を出ると目の前に交番がありどちら方向か尋ねようと左を見たらすぐ傍に護国寺仁王門と思われる門が見えた。

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仁王門 八脚門切妻造丹塗、現在の本堂である観音堂造営された元禄10年(1697)以前の建立と考えられている。正面左右に金剛力士像、背面には右に増長天、左に広目天が安置されて仏法をお守りしている。

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扁額「神齢山」

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増長天

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広目天

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本坊寺務所前の石組庭園

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赤松 端正な美しさに見惚れる。 右に見える鳥居は音羽富士の入口

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不老門への階段両脇にある手水舎

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蓮葉形手洗水盤 桂昌院より寄進されたもの。元禄10年頃鋳造

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不老門 (鞍馬寺にある由岐神社拝殿がモデル)

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扁額

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六地蔵 一言だけの願いを聞き届けてくれる一言地蔵は右奥大師堂の左

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大師堂

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筆塚

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金剛力士像

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本堂 天和元年(1681年)徳川五代将軍綱吉は生母桂昌院の発願上野国碓氷八幡宮別当大聖護国寺住持であった亮賢僧正を招き開山とし幕府所属の高田薬園の地を与え、桂昌院の念持仏の天然琥珀如意輪観世音菩薩像を本尊として創建された。

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本尊は桂昌院念持仏の琥珀如意輪観音。頒布資料の写真

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御朱印 本堂右にて受け付けて下さる。

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大仏

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多宝塔 石山寺の多宝塔がモデル

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月光殿

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屋根

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入口

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花頭窓

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鐘楼

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観音像 左奥の高層ビルはサンシャイン

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薬師堂

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忠霊堂

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茶室 箒庵、三笠亭、月窓軒、化生庵、不昧軒、圓成庵、宋燈庵、艸雷庵、羅装庵の数寄を凝らした九席がある。高橋義雄(箒庵翁)の尽力により、大寄せの茶会を開催できるのは東京では護国寺しかないといわれている。実業家・茶人として知られる高橋義雄(箒庵)は護国寺の檀家総代を務め、大正から昭和初期にかけて境内の整備を行った。            

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音羽富士 富士塚

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1合目

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山頂 浅間神社

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カラスの赤ちゃん碑 音羽ゆりかご会の創設者である海沼實は長野県誕生1932年、資産家であった叔父の支援を受けて上京し、東洋音楽学校(現・東京音楽大学)在学中の昭和8年(1933年)に当時の護国寺貫首・佐々木教純の好意で護国寺境内に無償で教室を借り受け、子どもの情操教育を志して合唱団を創設し、川田三姉妹をはじめとする数多くの童謡歌手を育てた。
1938年に「お猿のかごや」で初めてのヒットを記録すると、以後「あの子はたあれ」、「ちんから峠」、「めだかの幼稚園」、「花やさん」、「つばめの旅」、「からすの赤ちゃん」、「やさしいおかあさま」など、数多くの国民的ヒット作品を生みだした。

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民謡碑 昭和50年江差追分研究者である青木好月を顕彰して民謡碑建立委員会によち建立

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珪化木 古代に何らかの原因で土砂等に埋もれた樹木が、膨大な年月をかけ地層からかかる圧力により木の細胞組織の中にケイ素と酸素、水素との化合物であるケイ酸を含有した地下水が入り込むことによって、樹木が原型を変えずに二酸化ケイ素(シリカ)という物質に変化することで、石英や水晶などと同様に固くなり、化石化したもの

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墓地 護国寺は幕府の祈願寺で、檀家を持たなかったため、明治維新後は後ろ盾を失い、経済的な苦境に陥った。境内地5万坪のうち、東側の2万5千坪は宮家の墓所(豊島岡墓地)が造られた。これは1873年(明治6年)の明治天皇の第一皇子稚瑞照彦尊の薨去(死産)を機に、護国寺境内の東半分が皇族墓地とされたものである。また、西側の5千坪は陸軍用墓地となり、境内は2万坪ほどに縮小した。護国寺境内に葬られた。のち、境内に三条実美山県有朋大隈重信らの墓所が造られた 他大倉喜八郎團伊玖磨ジョサイア・コンドル中村天風梶原一騎などの偉人も眠っている。

予てより訪ねたいと思っていた地に行けて喜んでいる。最寄り駅まで歩いて行ったのにSUICAを入れている定期入れと小銭入れが無いことが分り自宅に戻り探して、今度はバスに乗って行こうとしたらバス停を目前で発車してしまい、結局歩いた。更に池袋駅で丸の内線の改札を入ってしまい、路線図を見て間違いに気付きSUICAの取り消しをしてもらうこというおまけも。年とともに漫画のようなことが増えていくのだろうか。

2015年12月 8日 (火)

2015皇居乾通り一般公開 

坂下門から乾門へ乾通りの通り抜けが一般公開されていることわ知り、土日を避け丁度史跡巡りに予定していた日を当てた。千代田線二重橋駅からスタート。坂下門から入るということで大手町方面の出口から地上に出て行幸通りへ。

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この道路は正式名「東京都道404号皇居前東京停車場線」で「行幸通り」は通称名。

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既に年配者を中心に多くの人が坂下門を目指している。通りを見ると皇宮警察の騎馬隊が警備の一翼を担っているらしい。赤い制服は女性隊員らしい。

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日比谷通りを渡り直進できず、左折誘導された。坂下門前から二重橋更に桜田門方面に列が伸びている。二重橋駅では馬場崎門側から上がれば良かったのだ。皇居前広場は観覧者整理のコーンが並べられている。

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荷物検査は手荷物が無ければその先のボディチェックへスキップできる。坂下門前から振り返って撮影

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坂下門

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左に宮殿、正面には宮内庁、そして右手奥には「富士見櫓」

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グラデーションが美しい

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乾通り

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紅葉

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東御苑の多聞櫓が見える。皇宮警察官が撮影は通りの端で中央で立ち止まらないよう繰り返し呼びかけている。

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局門と黄葉 局門は明治20年建造

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道潅濠 濠の右手は吹上げ御苑、左手は紅葉山で、昭和天皇皇后両陛下のお住まいがあった。
      春は桜、秋は紅葉でまた、武蔵野のおもかげを残す都心唯一の場所といわれるほど、雑木林と野草のおい茂るところとなっていて皇居の中でもここが一番美しい所とと言われている。太田道灌が掘ったとの資料は残っていないそうだ。

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吹上御所外庭東門

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真っすぐ進めば乾門、右へ曲がれば東御苑

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松の緑との対比が美しい

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東御苑へ向かう。蓮濠と多聞櫓

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乾通りを振り返ると

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改めて黄葉もImg_8056jpg
東御苑 桃華楽堂は、昭和41年2月に完成し収容人員は200名の音楽堂で、音楽好きの香淳皇后さまの還暦記念として建設

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天守閣跡

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東御苑の紅葉

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冬桜 八重咲だと十月桜

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新装なった大手櫓門 今春訪れた時には修復工事中でシートで覆われていた。

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来春桜も訪れたい。

2015年12月 6日 (日)

2015諸島無為庵菜園模様

椎茸 もう今年は終わりと思っていたのだが、一本のホダ木から椎茸が芽切りしているのを発見。一つは丁度いい大きさで直ぐに収穫して天日干しに。このふたつは屋内にいれて大きくなるのを見届けよう。
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新たに菜園コーナーを開墾。来年庭南側の一部菜園潰して二台目の駐車場にする予定。東側の空きスペース二箇所を新たに菜園にした。ここには南から延びている銀木犀の生け垣があったが一本伐採し根っをこも掘り起こした。苦労して掘り起こしたその根っこ。

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その菜園には早速「小松菜」の種を播いた。来年4月下旬にはトマト。収穫後には人参を蒔く予定だ。

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プランターのワケギ 一度収穫してヌタに調理してもらい美味しく頂いた。

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夏にはアブラムシで全滅だった九条ネギ。素人には秋蒔きの方が良さそうだ。

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小松菜 大きくはないが既にスムージーとして何度か頂いた。

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そら豆 下から脇芽も出てきた。撮影後寒さ対策として古い茣蓙を西と北側に立てた。

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大蒜 順調に生育している。

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千両 正月飾りに期待している。この数年毎年鳥に赤い実を食べ尽くされている。今年も既に鳥がついばんでいた。対策としてトマトにも使用したネットを被せてみたが果たして成果はあるか。被せてないのはたべていいよ。

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