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2016年1月

2016年1月22日 (金)

初詣 その2 山王日枝神社~スタートの神様

2016年申年の最強パワースポットとテレビで喧伝している人がいて、初詣済んでるけど未だ参拝したことのない神社でもあるので初詣その2として赤坂山王日枝神社を訪ねることとする。スタートは東京メトロ銀座線「溜池山王駅」下車するのは初めてである。大きなビルばかりで神社への案内もない。自分としては良く利用している「赤坂見附駅」で降りて歩く方が判りやすかったかもしれないと後悔した。

頭に叩き込んだはずのマップをなんとかたぐりたぐり、歩いてくるとビルの間から「鎮守の森」らしき景色が見えてあれが山王様かと安心した。

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鳥居も珍しい形である。

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鳥居の上部分

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老人に優しい「エスカレーター」

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日枝神社は太田道灌が江戸城築城にあたり、川越の無量寿寺(現在の喜多院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのに始まるという。徳川家康が江戸に移封されたとき、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした。 

川越喜多院⇒サイト内リンク 小江戸川越散策その1~喜多院

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明暦3年(1657)明暦の大火により社殿を焼失したため、万治2年(1659)、将軍家綱が赤坂の松平忠房の邸地を社地にあて、現在地に遷座した。この地は江戸城から見て裏鬼門に位置する。明治元年(1868)11月の東京奠都の際に准勅祭社に指定された。

神門

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扁額

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宝物殿

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本殿  防火対策として建物に防炎剤(無機リン酸・硫化アンモニウム)を処理しているそうだ。

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狛犬(こまいぬ)ではなく「猿」である。もともと猿は神様と人間のあいだをとりもつ存在「神猿(まさる)」と称されて、昔から敬われる存在でした。大山咋神が山の神ということもあり、同じく山の守り神とも呼ばれる猿が使いとして重宝されていたようです。「さる」という音から「勝る(まさる)」「魔が去る(まがさる)」とも考えられ、勝運の神や魔除けの神として置かれています。音読みの「えん」という音から、猿が「縁(えん)」を運んできてくれると考え、商売繁盛や縁結びにもご利益があるとされている。

山王夢御殿(祈願所)

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山車庫

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神輿庫

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日枝神社の末社(まっしゃ)。社殿の右がわ奥にあるこの場所が、日枝神社の隠れパワースポットとして密かに注目を集めているんです。末社は、左に「山王稲荷神社」右に「猿田彦神社」。日枝神社内で最も、仕事運・道ひらきの強力なパワースポットとして有名な神社です。物事を良い方向に導く神様「猿田彦神(さるたひこのかみ)」がまつられています。

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日枝神社の神様・大山昨神は、山の神だけでなく「スタートの神様」とも呼ばれています。良い導き+スタートのご利益が得られるこの場所で、物事の良いスタートを祈願する人が多いスポットとして人気なのだとか。良い1年のスタートがきれるように!と祈願する方も多いこの場所は、ぜひ年のはじめに訪れてほしいおすすめのスポットだということだ。

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山王稲荷神社
日枝神社にすぐ隣接している稲荷神社です。現在の日枝神社があるこの場所は、むかし「星が岡」と呼ばれる地でした。この地にもとからいた神様「倉稲魂命(うかのみたまのかみ)」がまつられていて、そんな地主神様をきちんと参拝できる開運スポットの一つになっています。また、神社内にいるお稲荷さんは、空襲で日枝神社を焼失した際に、唯一残ったものなのだ

千本鳥居

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山王茶寮

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2016年1月 7日 (木)

初詣 その1 鶴岡八幡宮

今年の干支は申年で初詣は自宅から東南方位が良いというので、初詣としては初めてであるが鎌倉鶴岡八幡宮へお詣りすることにした。毎年初詣参拝者数ランキングに序されているので三が日を避けての参拝である。

段葛 生憎工事中(2016年3月30日竣工)
参道若宮大路は1182年源頼朝が妻政子の安産祈願のために造営させたと伝えられている。これまで、曲がりくねっていた鶴岡八幡宮の社前の道をまっすぐにして、由比ヶ浜まで通じさせた。その中央に一段高く造られたのが「段葛」。若宮大路の造営と同じ時期に造られたものと考えられている。2014年11月から、参道を支える石積みのひび割れ修復と、立ち枯れが目立ち始めた桜の植え替えのため、整備工事が実施されいる。

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太鼓橋は1182年源平池が造営されたときに架けられたものと考えられている。将軍家が鶴岡八幡宮に参拝するときは、この橋で輿を下乗したという。当時は朱塗りの板橋であったことから、「赤橋」と呼ばれていた。

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赤橋
太鼓橋の両側にも橋が架けられているが、当初は左側の橋のみだった。太鼓橋の左側の池は「平家池」。「平家を踏みつぶす」という意味で架けられた橋であったらしい。後に右側の橋も架けられた。

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赤橋のたもと右手前にある牡丹園 寒牡丹が見られる

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源平池
右側が「源氏池」、左側が「平家池」。
源平池の造営は、若宮大路の造営と一緒に行われたものと考えられ、『吾妻鏡』には、鶴岡八幡宮寺の仮の別当をつとめていた専光坊良暹(りょうせん)、大庭景義らが造営の奉行をつとめたと記されている。

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昔源氏池には「白蓮」が、平家池には「紅蓮」がそれぞれ咲いていたというが、現在は紅白咲き乱れている。白蓮は源氏の白旗、紅蓮は平家の赤旗にちなんで植えられていたのだという。
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~源平池の島~
源氏池には3つの島が平家池には4つの島があるが、これは源氏の発展を願う「産」と平家の滅亡を願う「死」をかけたものであったらしい。当初は、両方の池に四つずつの池があったようだが、北条政子の命によって、源氏池の島を一つ壊したのだと伝えられている。

旗上弁財天 源氏池
源頼朝の旗上げのときに、守護神として弁財天が現れたということで、頼朝の妻の北条政子が建立したと言われています。弁財天は仏教の神様ということで、明治時代の廃仏毀釈で破壊されてしまいましたが、昭和31年に再興されました!現在の社殿は昭和55年に鶴岡八幡宮創建800年を記念して、古図をもとに復元されたものです。鎌倉江ノ島七福神にも数えられています。



舞殿
舞殿は、1193年に新造された唐破風の入母屋造りの建物。下拝殿とも呼ばれ、各種儀式が行われている。ここは京都随一の白拍子であった舞の名手、静御前が源頼朝の命により、義経への想いを馳せて舞ったと言われる場所である。唐破風の入母屋造りの様式で建てられ、中央を凸形にした曲線が美しく荘厳。後方に臨む本宮との構図が素晴らしく、朱塗りの柱や床にも雅を醸し出している。

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御判行事 額に秘印を頂くという珍しい行事

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舞殿の鮮やかな彩色

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鶴岡八幡宮は、源頼朝が鎌倉に幕府を開く100年以上も前の1063年(康平6年)に、頼朝の先祖源頼義が「源氏の氏神」である京都の「石清水八幡宮」を由比郷鶴岡に勧請したがその始まり(由比若宮(鶴岡若宮)。

 1180年(治承4年)、鎌倉に入った源頼朝は、由比若宮を小林郷北山(現在の地)に遷して「鶴岡八幡宮新宮若宮」とし、武家の都市づくりの中心に据えた。

公孫樹
3代将軍源実朝を暗殺した公暁が隠れていたという伝説から「隠れ銀杏」とも呼ばれていた鶴岡八幡宮の大銀杏。長い間、鎌倉の歴史を見守ってきた古木は、平成22年3月10日未明、強風で倒れてしまった。樹齢は1千年ともいわれ大銀杏は、幹回り6.8メートル、高さ約30メートルで、同八幡宮のシンボル的存在で神奈川県の天然記念物に指定されていた。

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ひこばえが順調に育っているようだ

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大石段

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楼門に掛かる扁額
楼門に掲げられた額の「八」の字は、神聖な神の使いとされている二羽の鳩で表現されている。源氏の幟旗に書かれた「八幡大菩薩」の「八」の字も鳩で描かれていた。神仏混淆であったため「八幡宮」の下に「寺」という字があったが、明治の神仏分離によって消されている。

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拝殿 楼門を潜ると直ぐ本殿の拝殿で参拝者が列をなしている。参拝後本殿左サイド鮮やかな彩色のみごとな彫刻を堪能。撮影は制限されている。

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平家池

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平家池傍に建つ美術館 神奈川県立近代美術館した。設計は20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエの愛弟子、坂倉準三(1901-1969)によるもの。八幡宮の歴史的な環境と見事に調和したその建物は、日本の近現代建築の代表として国際的にも有名であった。神奈川県と鶴岡八幡宮との間に結ばれている借地契約期間の満了により、2015年度で活動を停止し閉館、2016年度からは葉山館、鎌倉別館と略称している二つの建物でそれぞれ一年に数回の展覧会を開催するそうだ。

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鉄の井
鎌倉十井の一つ「鉄ノ井」(くろがねのい)は、小町通りのはずれにある伝説の井戸。 井戸を掘ったときに鉄の観音像の頭が出てきたことから名づけられた。鉄観音像は、廃寺となった新清水寺に安置されていたもの(浄光明寺の前にあった)。出てきた頭は、江戸時代まで井戸の前にあった鉄観音堂に安置されていたが、神仏分離令により観音堂が取り壊されたため、現在は東京人形町の大観音寺の本尊となっている。

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