« 2016年5月 | トップページ | 2016年8月 »

2016年7月

2016年7月29日 (金)

世界遺産・国宝姫路城

書写山圓教寺からの帰りパワーが残っていたので、神姫バスを城手前で降りて城までゆっくり歩いてみた。世界遺産後初めてで、外国人観光客の多さが目につく。また各地で社会問題化している「ポケモンGO」と見られるスマホを掲げた子供たちも居る。

Img_8547

中は観ているので今回は真っ白白鷺城の撮影のみと最初から決めている。

Img_8538

姫路市街の北側にある姫山および鷺山を中心に築かれた平山城で、日本における近世城郭の代表的な遺構。
Img_8537

江戸時代以前に建設された天守が残る現存12天守(姫路・松本・丸岡・犬山・彦根・備中松山・松江・丸亀・伊予松山・宇和島・高知・弘前)の一つで、中堀以内のほとんどの城域が特別史跡に、現存建築物の内、大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に、それぞれ指定されている。

Img_8542

1993年(平成5年)12月にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。この他、「国宝五城(姫路・松本・犬山・彦根・松江)」や「三名城(姫路・名古屋・大阪)」では諸説あるなか姫路は必ず入る。

Img_8548

2年前頃から訪ねたいと思っていた書寫山圓教寺に参拝できそこで本田家、榊原家、松平家などの姫路城歴代城主の廟所も見ることが出来た。

Img_8549
改めて歴代城主を調べてみた。(姫路市史)
・     ・     ・     1333年     赤松則村(円心)、姫山に縄張りを定めたとされる。
1     赤松貞範    1346年     則村の二男貞範が姫山に城(姫山城)を築いたとされる。
2     小寺頼季     1349年     貞範、庄山城を築いて移り、小寺頼季を目代として姫山に置く。
3     小寺景治      1352年     景治、城主になる。
4     小寺景重      1358年     景重、城主になる。
5     小寺職治      1403年     職治、城主になる。
6     山名持豊      1441年     赤松満祐、将軍足利義教を誘殺し姫路に帰ったが、山名持豊(宗前)らに攻められ城山城で敗死する(嘉吉の乱)以後山名氏がが播磨守護となる。
7     赤松正則     1467年     応仁の乱おこる。赤松氏を再興した正則(満祐の弟の孫)は、播磨の旧領を回復し、姫山の城を改修する。
8     小寺豊職     1470年     正則、置塩城を築いて移り、重臣小寺豊職(職治の子)が入城。
9     小寺政隆     1491年     政隆(豊職の子)城主になる。
10     小寺則職     1519年     小寺政隆、御着城を築いて移り、子の則職が継ぐ。
11     八代道慶     1531年     則職、御着城に移り、道慶が守る。
12     黒田重隆      1545年     重隆小寺氏の命により入城。
〃     〃     〃     1561年     黒田重隆・職隆父子が姫路城を築城する。
13     黒田職隆      1564年     職隆、城主になる。
14     黒田孝高      1567年     勘兵衛孝高(如水)、城主になる。
15     羽柴秀吉     1580年     黒田孝高、姫路城を秀吉に献じ国府山城に移る。秀吉、姫路城の修築を始める。
〃     〃     〃     1581年     秀吉、姫路城の三層天守を築く。
〃     〃     〃     1582年     秀吉、備中高松城を水攻めにする。本能寺の変で織田信長倒れる。
16     羽柴秀長     1583年     秀吉、大阪城を築いて移り、羽柴秀長が城主となり播磨・但馬を治める。
17     木下家定     1585年     秀長、大和郡山城に移り、北政所の兄木下家定が入城。
18     池田輝政      1600年     関ヶ原の戦い。木下家定、備中足守に移封され、池田輝政が三河吉田城より五十二万石をもって入城する。
〃     〃     〃     1601年     輝政、姫路城を含む城下町の大改修を始める。
〃     〃     〃     1609年     姫路城大天守が完成する。
19     池田利隆    1613年     池田輝政が死去する。
〃     〃     〃     1615年     大阪夏の陣(豊臣氏滅亡する)。一国一城令が出される。
20     池田光政    1616年     光政、城主となる。
21     本多忠政    1617年     池田光政、因幡鳥取城に移り、本多忠政が伊勢桑名城より十五万石をもって入城する。
〃     〃     〃     1618年     西ノ丸を築き、忠刻・千姫の居城を営む。今日の城の姿が完成。
22     本多政朝     1631年     政朝、城主となる。
23     本多政勝     1639年     政勝、城主となる。
24     松平忠明     1639年     家康の外孫の松平(奥平)忠明、本多政勝と入れ替わり大和郡山城より入城する。
25     松平忠弘     1644年     忠弘、城主となる。
26     松平直基     1648年     出羽山形城主・松平直基(結城秀康の子)、松平忠弘と入れ替わり姫路城主となるが赴任途中で没する。
27     松平直矩     1648年     直矩、城主となる。
28     榊原忠次     1649年     松平直矩、越後村上城に移封となり、榊原忠次陸奥白河城より入城する。
29     榊原正房     1665年     正房、城主となる。
30     松平直矩     1667年     松平直矩、越後村上城より入城する。
31     本多忠国     1682年     本多忠国(政勝の孫)、陸奥福島城より入城する。
32     本多忠孝     1704年     忠孝、城主となる。
33     榊原政邦     1704年     榊原政邦、越後村上城より本多忠孝と入れ替わり入城する。
34     榊原政祐     1726年     政祐、城主となる。
35     榊原政岺     1732年     政岺、城主となる。
36     榊原正永     1741年     正永、城主となる。
37     松平明矩     1741年     松平明矩(直矩の孫)、陸奥白河城より入城する。
38     松平朝矩     1748年     朝矩、城主となる。
39     酒井忠恭     1749年     酒井忠恭、松平朝矩と入れ替わり前橋城より入城する。
40     酒井忠以     1772年     忠以、城主となる。
41     酒井忠道     1790年     忠道、城主となる。
42     酒井忠実     1814年     忠実、城主となる。
43     酒井忠学     1835年     忠学、城主となる。
44     酒井忠宝     1844年     忠宝、城主となる。
45     酒井忠顕     1853年     忠顕、城主となる。
46     酒井忠績     1860年     忠績、城主となる。
47     酒井忠惇     1867年     忠惇、城主となる。
48     酒井忠邦     1868年     忠邦、城主となる。

書寫山圓教寺(しょしゃざんえんぎょうじ)

姫路駅からスタート。神姫バスに乗りいざ書寫山へ。駅からも見えていた改修工事を終えて真っ白白鷺になった姫路城がどんどん大きく見えてくる。

Dscf0366
姫路城には書寫山圓教寺の帰りにパワー残量次第で立ち寄ることとする。

30分弱で書寫山が見えてきた。ロープウェイも見える。バスの乗客のマナーがとても好印象である。中でも下車時に運転手さんに感謝の言葉を言って降りていることだ。

Dscf0367
パンフレットによるとロープウェイ山頂駅までの所要時間は3分50秒、高低差は210.87m。姫路市営のようだが、従業員が必要以上に多く感じた。繁忙期用に採用しているのだろう。

Img273

山上駅 

Dscf0377

志納所にて500円を納める。本坊寺務所裏までバスの便があるが、歩くことにする。同所で頂いたマップは重宝した。

Img274 東坂の両側には三十三観音像が居並ぶ西国巡礼の道になっている。
Img_8494
三十三観音をご一体毎に拝み撮影して緩やかな参道を上っていく。途中姫路市内を望める絶景の場所もあったりで七十間近の爺様にも楽しく仁王門へ導かれた。

Img_8495

仁王門

Img_8500
約5分程歩くと平安末期に平家打倒を目論む後白河法皇が7日間参籠したと伝えられ山内でも最も格式の高い塔頭である壽量院。事前予約で精進料理が戴けるそうだ。

Dscf0422
参道で見掛けた石仏群 

Dscf0423
圓教寺会館 (金輪院跡)  林間学校の宿舎にもなっているらしい。境内で元気な子供たちの挨拶を受けて爺様も元気になったものだ。

Dscf0424
一際端正な建物 十妙院と思われる。壽量院をモデルに建立されていて左右逆ながらほとんど同じ平面構成で圓教寺独特の塔頭形式。平成8年半解体修理が行われた後は、圓教寺の迎賓館として用いられているそうだ。狩野永納作の襖絵でも注目だが、普段は公開されていない。

Img_8507
弁慶のお手玉石 護法石の言い伝えもある。

Dscf0426
湯屋橋 お手玉石の近く石橋 近くに沐浴所があったそうな。「黒田官兵衛」ゆかりの地の幟旗も立つ。奥の「はづき茶屋」では参拝後に山菜うどんをいただいた。

Dscf0518

摩尼殿下 京都の清水寺のような印象

Img_8508

摩尼殿柱組

Img_8510
階段を上りと摩尼殿

Img_8512
靴を脱ぎ中へ。お参りして御朱印を頂き、記念に線香(\1600)を買い求めた。

Img271

現在写経時に使用している横浜鶴見曹洞宗本山總持寺にてもとめたものと同じ沈香らしい。

Img272

摩尼殿の舞台 床は外側へ向い傾斜があるようで最初怖くかんじられた。

Dscf0438
「三つの堂」へは摩尼殿の右奥の通路を行く。

Dscf0439
途中に大仏様がおわします。

Img_8514
橙色の「スミレモ」の解説案内あり。水中に生えるアオノリと同じ仲間

Dscf0444

三つの堂へ到着。静謐の中に凛とした緊張感が漂っている。ハリウッド映画トム・クルーズ、渡辺謙出演「ラストサムライ」、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」、日本映画「駆込み女・駆出し男」、「黒衣の刺客」などのロケ地となったことが頷ける雰囲気を持っている。右から常行堂(じょうぎょうどう)、食堂(じきどう)、大講堂(だいこうどう)

Img_8519

手前にある本田家廟所を先に見ることにする。

Dscf0449

本田忠勝、忠政、政朝、政長、忠国の墓。忠政が池田家のあとに姫路城主となりその子である政朝が引き継ぎ、忠国は二度目の城主として福島より入封した。

Dscf0452

大講堂 花山法皇の勅願により創建されたもので書写山圓教寺の本堂にあたる。釈迦三尊像あり、国指定重要文化財。

Img_8517

食堂 後白河法皇の勅願により創建。国指定重要文化財。二階建で、現在宝物館として使用されていて中で仏像など展示されている。僧侶が常駐していて御朱印もお願いできる。

Dscf0446

展示されている「不動明王」

Dscf0454

文殊菩薩像

Dscf0467

書写塗

Dscf0468

御朱印

Img270

常行堂  本尊は阿弥陀如来で僧侶が常行三昧(ひたすら阿弥陀仏の御名を唱えながら本尊の周りを回る修行)をするための道場であった。国指定重要文化財で、北側の大講堂の釈迦三尊像に舞楽を奉納するための舞台が設けられている。上がろうとしたら「写経中につきお静かに」の貼り紙がありやめた。

奥の院へ向かう。途中にある鐘楼。袴腰付きで腰組を持つという由緒正しい鐘楼だ。

Dscf0478

榊原家の墓 江戸時代初期と中期に二度にわたり姫路城主となっている。

Dscf0477

松平直基の墓所 家康の孫で慶安元年(1648)姫路城主に命じられたが、山形から移封途上の江戸で発病死去。後に直基の子の松平直矩が城主となってからここに分骨された。

Dscf0480

根本薬師堂 正面一間、側面二間の宝形造り。根本堂とも呼ばれ書写山圓教寺に現存する最古の遺構。

Dscf0483

立派な築地塀で大切に囲まれている石仏 特に解説表示板等ないが気になるので撮影した。

Dscf0485

瀬戸内海を展望 家島群島なども確認できた。条件がよいと淡路島はもとより四国も望めるとか。

Dscf0487

金剛堂

Dscf0490

石垣の苔

Dscf0492
開山堂・刀出坂・金剛堂の案内板 西の比叡山といわれるだけの雰囲気がある。湿度の高さも伺える。

Dscf0494

「奥の院」への入口階段

Dscf0496

不動堂

Dscf0497

開山堂と神社護法堂 性空上人が寛弘四年(1007)98歳で亡くなった後、弟子の延照が創建、以来今日まで法灯を守り朝夕欠かさず勤行が行なわれている。

Img_8524_2

護法堂拝殿 護法堂と向い合って建つ、俗に「弁慶の学問所」とも呼ばれ、弁慶が書寫山で修行していた時の勉強机が残っている。

Dscf0500

奥の院を出て東側を見ると近くに食堂が見える。ぐるっと回ってきたが三つの堂の裏側が奥の院であったのだ。食堂の北側大講堂との間に「弁慶の鏡井戸」という案内表示がある。

それによると昼寝をしていた弁慶の顔に喧嘩好きの信濃坊戎円がいたずら書きし、大勢の小法師たちと大声で笑った。目を覚ました弁慶はこの井戸に映る顔を見て激怒し喧嘩となり、それがもとで大講堂など山内の堂宇を焼き尽くしてしまったといわれている。

Dscf0502

帰りは南側の別ルートへ 途上林間学校の生徒達2~3百人から挨拶と元気を貰った。

大黒堂

Dscf0504

瑞光院 山門に通じる苔むしたスロープのアプローチと今にも崩れそうな土塀と共に趣があり心を奪われた。西国霊場巡りの参拝者の宿坊のひとつだったそうである。秋の紅葉が似合う。

Img_8526   

坂道をブレーキを効かせながらの歩行に疲れ始めた時左側の崖上に小さなお地蔵様が揃いの赤い装いで励ましてくれた。

Img_8527

摩尼殿下に到着、水分補給し時計をみると11時55分。はづき茶屋にて腹ごしらえをした。

妙光院 宿泊休憩施設として一般の家族連れにも開放されている。仏間からの庭が見どころらしい。

Dscf0521

バス道を通りロープウェイ山上駅へ もみじの木が多く秋の紅葉も良さそうだ。

Dscf0528

2016年7月26日 (火)

2016無為庵菜園夏野菜収穫5

ゴーヤ初収穫 肥料の効き過ぎか遅れていたゴーヤもやっとひとつだけ収穫できた。
オクラと明日葉も一緒に収穫した。(7/25)

Dscf0331
雨が降りだした。せっかく実ったトマトに亀裂ができたらもったいないと収穫を始めたら前日収穫しているにもかかわらず籠いっぱいになった。

Dscf0332
大玉がかごの下にあるので出して改めて撮影。 グリーンはモロヘイアと春菊。

Dscf0333

大量の収穫に老妻は悲鳴をあげだした。ふたりの子供、お隣さん、犬を介した友達へもお裾分けをしたようだ。更に冷凍保存までも。

本日午前中に都知事選挙の期日前投票をしてきた。因みに10日の参院選では朝1番になり投票箱のチェックを仰せつかった。

2016年7月23日 (土)

ブルーベリー狩り~野津田神社前および横

この時期毎年行っている七国山風致地区内にあるブルーベリー園へ。例年は平日に来ているが雨天のため本日にした。朝食後直ぐに出掛けたが土曜日のせいか既に先客が多い。

Dscf0312
受付で2.5キロ用のバケツを頂いた。3キロを目標に来たが、山盛りに摘めばちょうどいいかもと入園。
まずはテイスト。前日の雨がどうのように影響されているのだろう。思ったより酸っぱい。樹にもより、また太陽がよく当たる場所と下の方でも違うのだろう。この3年毎年来ているが、どういうのが良いのか今だに解らないまま収穫している。音楽をイヤフォンで聞きながら約1時間バケツ山盛りになった。受付で計量すると3キロ強とのこと、端数はサービスしてくれて3キロ分3900円を支払う。2分割して袋に入れてくれた。

Dscf0320_2

殆どをジャムに加工し子供ふたりと、来週帰省するのでその土産に使用予定だ。したがって自家用は来月もう一度来ようと思う。

途中薬師池のハス田へ、まだちらほら咲きの大賀ハスを観賞した。

Dscf0318
早速ジャムに加工してもらった。電子レンジを使用するのに容器の関係でいっぺんに600gづつしかできないそうで、5回に分ける必要がある。


Dscf0324






長期保存様に砂糖を多くしたものと、早期消費する砂糖を控えたものを作る予定。

Dscf0327

2016無為庵菜園夏野菜収穫4

雨のせいかトマトが落下していたので、拾った。序に完熟に近いトマトに雨に゜よる水分過多で皮に亀裂が出ているのが散見され、急遽収穫をはじめた。  オクラも丁度の食べごろになっているのが見つかった。茗荷も花が出ていたので収穫した。

Dscf0308

昨日沢山収穫していたが、本日改めて菜園を除くと中玉が落下していて、収穫できそうなのをもぎだしたら両手から溢れ、庭で目についた篩(ふるい)に入れた。皮に亀裂があるのもある。連日茗荷も収穫した。今年は豊作でお隣さんにお裾分けした。

Dscf0322
前日22日に沢山収穫下タにもかかわらず

2016年7月18日 (月)

2016無為庵菜園夏野菜収穫3

笊ひとつで足りない豊作 
茄子、オクラ、バジル、トマトは大玉、中玉、アイコ、イエローアイコ、ミニトマト

2dscf0280
テーブルに出して見ると・・・

1dscf0283
老夫婦では食べきれない量。

2016年7月15日 (金)

2016無為庵菜園夏野菜収穫2

What a long cluster of cherry tomato ! length 50cm

145cmfusaimg_8485

tomatoes and  two japanease ginger (myoga) with paper pinwheel for grandson

11shukakudscf0188
tomatoes ,basil and angelica(Ashitaba)

10shukakudscf0197
basket full of tomatoes
9shukakudscf0226

8shukakudscf0227
largeball tomatoes (Oodama)

7odamadscf0229
midisize tomatoes (Nakatama)

6chudamadscf0231

cherry tomato (Mini Tomato Aiko)

5aikodscf0233

4shukakudscf0236
one eggplant and tomatoes with grandson's hands

3shukakudscf0239
goya

2goyaimg_8488

2016年7月 7日 (木)

無為庵菜園夏野菜収穫

6月中旬から色づいたものを随時収穫していたが、7月に入り収穫に容器が必要となり序に撮影した。
紫蘇の葉、中玉、ミニトマトアイコ、イエローアイコ、ミニトマト

Dscf0162

Dscf0167
茄子の紫がきれい。籠の中は茄子とミニトマト、外に明日葉、アイコ、イエローアイコ。今年はバジルは種から有効期間が2年とのことで袋に入っている約200粒の半分を播いた。粗100%出芽、トマトの周囲などに植え付けている。

Dscf0169

4月に収穫した「そら豆」。莢の中の豆は美しく、美味しく頂いた。
Dscf0126

駐車場造成の為狭くなった菜園を補うために開墾したコーナーはトマトの中玉2苗と大玉1。

Dscf0061
アイココーナー。赤2黃2。 写真右上は大蒜 青森ホワイト六片、左は春菊

Dscf0062
ミニトマト3苗と茄子2バブリか赤と黄。 左下には旅行先八丈島から持ち帰った明日葉。今や庭ぢゅうに生えて、緑黄色野菜不足を補ってくれている。

Dscf0064
茄子 奥には茗荷の葉が茂っている。7月に入り収穫が期待される。

Dscf0157
ゴーヤと隠元豆  周りにバジルとモロヘイア

Dscf0158

ミニトマトのひとつの房の長さが50cmにもなっている。Dscf0173

« 2016年5月 | トップページ | 2016年8月 »