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2017年2月14日 (火)

平井目黄不動~牛宝山明王院最勝寺

江戸五色不動の五番目は黄色。黄色は三ノ輪と平井の二箇所にあるが分かりやすそうな平井にした。総武線平井駅からスタート。いつものように周辺マップを頭に入れて歩く。間違うことも多いがそれも楽しむ。近くまで来たところで出会ったおばあさんに確認するが、「最勝寺」と「目黄不動」を別物と認識しているのが面白かった。結局最勝寺の墓地を抜けて仁王門前に出た。

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天台宗牛宝山明王院最勝寺と号し、通称「目黄不動」といわれている。

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本堂
最勝寺の始まりは、慈覚大師が東国巡錫のみぎり、隅田川畔(現・墨田区向島)にて、釈迦如来像と大日如来像を手ずから刻み、これを本尊として貞観二年庚辰(860)に一宇を草創したことによる。同時に大師は、郷土の守護として「須佐之男命」を勧請して牛島神社に祀り、大日如来を本地仏とした。
慈覚大師の高弟・良本阿闍梨は、元慶元年(877)に寺構の基礎を築き、最勝寺の開山となり、当寺を「牛宝山」と号した。その後、本所表町(現・墨田区東駒形)に移転した。 サイト内リンク⇒牛島神社 向島散策

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本堂「牛寶山」扁額

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不動堂

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「不動尊」扁額

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当寺は徳川家の崇拝が篤く、将軍が鷹狩りの際にしばしば立ち寄り「仮の御殿」が置かれた。明治の神仏分離に至るまで、牛島神社(牛の御前)の別当をつとめ、その時神社の本地仏大日如来像は当寺に遷座し、今日に至る。
また当寺に奉安される不動明王像は、江戸府内五色不動の一つで、目黄不動と称されている。
この不動明王像は、天平年間(729~766)に良弁僧都(東大寺初代別当)が東国巡錫の折り、隅田川のほとりで不動明王を感得され、自らその御姿をきざまれたものであり、同時に一宇の堂舎を建立された。その後最勝寺の末寺で本所表町にあった東栄寺の本尊として祀られ、徳川氏の入府により将軍家の崇拝するところとなった。殊に家光公の崇拝は篤く、仏教の大意に基づいて江戸府内に五色不動の霊場が設けられたが、この時に目黄不動と称され、江戸の町を守護する不動尊として広く信仰された。明治の神仏分離により東栄寺は廃寺となり、本尊不動明王像は本寺の最勝寺に遷座され、これより当寺は「明王院」と号するようになった。

境内の不動堂前に古い石造の地蔵像を重ねたようなものがあるが、無縁塚とのことだ。

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御朱印は不動堂横寺務所にてベルを押してお願いした。

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不動堂を東側から

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江戸川の堤に上がり腰をおろしてお茶をして帰路についた。

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これにて五色不動尊コンプリート サイト内リンクご参照下さい
 目黒不動尊 目黒区瀧泉寺
 目白不動尊 豊島区金乗院
 目赤不動尊 文京区南谷寺
 目青不動尊 世田谷区教学院

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