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2017年3月 3日 (金)

西大井の大仏(おおぼとけ)~帰命山養玉院如来寺

嘗てテレビ番組で紹介されていて「行きたい所リスト」に載せていた場所である。武蔵小杉で横須賀線に乗り換えて「西大井駅」から徒歩10分とのことで、地図を頭にぶち込んでスタート。

横須賀線の西側をジグザクに歩く。事前に地図を見ていて承知していた伊藤博文公の墓所があり、とりあえず方向が間違っていないことに安心した。ここはスキップの予定だったが、撮影だけすることにした。

門は閉まっていて入れそうにない。時間がくれば開くのかも不明。伊藤博文の別邸で、晩年当地で暮らしていた。当地一帯は伊藤という地名となり、旧名の大井伊藤町はそれに由来する。この地名は現在でも小中一貫校伊藤学園、伊藤小学校などに残っている。

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松下村塾に学び、幕末期の尊王攘夷・倒幕運動に参加。維新後は薩長の藩閥政権内で力を伸ばし、岩倉使節団の副使、参議兼工部卿、初代兵庫県知事を務め、大日本帝国憲法の起草の中心となる。初代・第5代・第7代・第10代の内閣総理大臣および初代枢密院議長、初代貴族院議長、初代韓国統監を歴任した。内政では、立憲政友会を結成し初代総裁となったこと、外交では日清戦争の勝利に伴う日清講和条約の起草・調印により清國から朝鮮を独立させた。1909年、ハルビンで朝鮮民族主義活動家の韓国人安重根に暗殺された。

門の隙間から撮影したのが公の胸像である。

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本当にジグザグ歩き、坂を下りた所の右手に目的の「如来寺」の山門が見えてきた。

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大井の大仏(おおぼとけ)の石標

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山門は閉まっていて、右手の参道を上っていく。

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参道には仏像や歌碑が沢山ある。

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関心のある鐘楼も立派なもので上にあがり、じっくり見学させてもらった。

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梵鐘

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坂を登り切った右手に庫裏がありその右手が本堂。

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本堂の扁額

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本堂の前にあるのが「明王堂」

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いよいよ大仏の「瑞応殿」

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瑞応殿前を守る金剛力士像

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瑞応殿の扁額

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堂内には大日如来を中尊とする五体の如来像横一列に安置されている。五体の如来を総称し「五智如来」と呼ばれている。
大仏右から東方世界の「薬師如来」医薬の功徳

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南方世界「宝生如来」には福徳財宝・五穀豊穣の功徳

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中央が最も大きくて高さは3.21メートルの「大日如来」万物を慈しむ太陽の功徳

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西方世界「阿弥陀如来」には往生極楽の功徳

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北方世界「釈迦如来」 五智如来を一枚におさめようとしたがうまくいかなかった。

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堂宇は大きいのだが、それ以上に五智如来像が大きくて圧倒された。堂内では同世代の男性グループ5人が熱心に見学していた。女性グループはよく見かけるが男性は珍しい。

最後に事前にお願いしていた御朱印を拝領する為に庫裏へ。

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