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2017年5月12日 (金)

乗蓮寺東京大仏

東京メトロ副都心線神宮前から乗り地下鉄赤塚駅で下車。副都心線は初体験であったが途中駅を見て知ってると便利な線だと気が付いた。

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20分近く知らない土地を歩くとこの道で目的地に着くのか不安になる。途中で尋ねたら真っすぐ歩くと見えてくると回答され安心した。

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目的地ではないが立派な寺院があり解説板を読むと曹洞宗松月院とのことだ。植栽の手入れも行き届いており参拝させてもらった。

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当寺院は、房総に勢力を持っていた武将・千葉自胤が康正2年(1456年)に現:千葉県の市川から赤塚城に移り、その後1492年に当地にあった古寺・宝持寺を自身の菩提寺として定め、土地を寄進し、松月院と名を改めさせたのが始まりであるといわれている。

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江戸時代には、当寺院は徳川家康に認められ、40石の朱印地が与えられた。他歴代の将軍からも保護を受け発展した。幕末には、砲術家として名高い高島秋帆が1841年に近隣の徳丸ケ原(現在の高島平付近。高島平の名は高島秋帆にちなんでいる)で西洋式の砲術訓練を行った際に本陣がこの松月院に置かれた。この訓練は当時の大名などを驚かせ、高島秋帆に大きな名声を与えたものであった。またこの松月院の名を有名なものにもした。

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本堂の右手にある寺務所のインターフォンを押して御朱印をお願いした。

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御朱印

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松月院の坂を下りていくと左手に目的の乗蓮寺が見えてくる。門前には観光バスの駐車場もあり人気スポットなのだと知れる。実際に平日だが、複数のグループの他小学生が教師に引率されて行儀よく階段を上っている。

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門の右手に「焔魔堂」

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堂内には閻魔様と奪衣婆

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山門

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山門表には金剛力士像が寺をお守りしている。 阿形像

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吽形像

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山門裏には「広目天」

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多聞天

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本堂

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境内庭園

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応永年間(1394年 - 1427年)に了賢無的が山中村にて人々に教えを伝えるために創建したと伝えられている。当時は孤雲山慶学院乗蓮寺と称していた。後に慶学山乗蓮寺になった。その後首都高速道路の建設と国道17号の拡幅により、昭和48年に現在の赤塚城二の丸跡に移転した。山号も赤塚山と称した。そして昭和52年、かつて東京を襲った関東大震災や東京大空襲など、悲惨な震災や戦災が再び起きないよう願いを込め当寺院の代名詞にもなっている東京大仏が建立された。国民栄誉賞も受賞した冒険家である上村直巳は1984年にマッキンリーにて消息を絶ち遺体等は発見されなかったが、彼を供養するための墓が当寺院の境内にある。

乗蓮寺の異称ともなっている「東京大仏」日本第三位の大きさとのことである。一位は奈良東大寺、二位は鎌倉高徳院

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境内におわします「布袋さん」

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御朱印をお願いしたところ、住職が不在の為、予め用意したものに日付を入れてもらい頂いたもの。

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